欧州で、他の主要リーグに先駆けて、5月16日(土)に再開を果たしたドイツのブンデスリーガ。日本でもスカパー!がCSとBSで生中継を実施した。その実況を担当したフリーアナウンサー、倉敷保雄氏にお話を伺った。

 インタビューは、ブンデスリーガ第26節ドルトムント対シャルケの「レヴィア・ダービー」後の5月18日にオンラインで実施した。

 コロナ禍における中継には、モニター越しに映し出される無観客のスタンド以外にも、様々な規制や勝手の違いがあったという。

アナウンサーは解説者の口元を見ている。

--約2カ月ぶりに行われたブンデスリーガの中継でした。解説者は水沼貴史さんでしたね。実況の現場では、どのような新型コロナの影響がありましたか?

「ドルトムント対シャルケのダービー中継は、もともと中断前にオファーされていたカードでした。当初解説は名波浩さんでしたが、名波さんは現在、静岡のテレビ局で仕事をされており、コロナウイルスの問題を考えれば東京に移動しての仕事は難しいという判断になりました。そこで水沼さんに担当していただくことになったと聞いています。

 新型コロナ対策は局によって異なります。アナウンサーと解説者が別々の放送ブースになることもありますが、今回のスカパー!の場合は、観客を入れて公開収録が出来る大きなスタジオを使い、アナウンサーと解説者は広いスタジオの中でかなり離れた位置に座りました。(2人の)距離は5~6mくらいだったと思います。

 解説者がすぐ隣にいないというのは、やはりやりにくい。中継の時にアナウンサーは解説者の口元をちらちら見ているからです。『何か喋りたそうだな』『開きたい口をしているな』とか。そのタイミングでこちらがひと言入れるか、逆に解説者が喋り終わるのを待つこともある。その阿吽の呼吸が必要なんです。

 ところが、今回はそういうわけにはいきませんでした。水沼さんも普段から相当に気を遣ってくださる方ですが、さすがに言葉が被りましたね。一度だけですが」

実況ブースのドアは開けっぱなし。

--スタジオの換気はあまりいい印象がないのですが……。

「通常、実況ブースは密閉しますからね。でも今回はドアを開けっぱなし。余談ですが、東日本大震災の時も地震でドアがロックされるのが怖かったので開けていました。

 マスクはフルタイム、スタッフ全員がしていました。我々演者は中継直前にマスクを外しましたが、用意周到な水沼さんは顎のあたりにずらしているだけで、一瞬でマスクができるように用意されていました(笑)。

 中継においてのコロナ対策としてもっとも重要なのはキャスト、スタッフとのソーシャル・ディスタンシングだと思います。そして消毒と換気の問題。そこさえクリアすれば中継はできます。ただ中継に必要ないくつかの空間を作り出すのは容易ではありません。それができるスタジオも数はかなり限られます」

唸るような情熱はかけらもなかった。

--中継された試合のスタジアムはなんとも殺風景でした。

「残念ですがもはやダービーとは違うものですね。プライドを賭けた伝統の一戦であることに異論はありませんが、そこに満ちているはずの唸るような情熱はかけらもなかった。勝っても負けても毎回いろんなことが話題になって楽しめるのがダービーです。

 ファンの方々も再開できた喜びといつもと違ったダービーの形に悲喜こもごもなのではないでしょうか。

 監督にとっても選手にとっても臨み方が難しいダービーだったと思います。多くの無観客試合は何か事件があって行われるのが普通です。クラブが問題を起こしたとか、ファンが暴れたとか。監督はそういう部分をドレッシングルームや試合前のミーティングでモチベーションに変えていく工夫をする。

 でも、今回は前例のない事態です。情熱のベクトルをどこへ向けるのか? それがあと何試合も残っている。コンセントレーションを高めるのが難しいので怪我人も増えるんじゃないかと心配です」

--ダービーでVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)チェックはなかったですね。

「ダービーとは思えないほどコンタクトプレーが少なかったこともあるでしょうね。ただ、今季の残りはもうVARは必要ないんじゃないか? という雰囲気すら感じられました。

 ただでさえ無観客でエモーショナルな部分が失われているのに、『さらにここでVARやるの? もういい加減にしてよ』っていう話になりますものね。

 多分コロナによってパラダイムシフトが起こってくるでしょう」

タスク・フォースがガイドラインを作成。

--カメラマンも3人、ボールパーソンも4人と実況で話されていました。かなり少ないです。ブンデス再開のために立ち上げられた「スポーツ医学と特別試合運営に関するタスク・フォース(特別チーム)」がガイドライン(プロトコル)を作成したそうですね。

「ボールパーソンも、試合終了とともにすぐに帰ります。その場所に居られる時間が細かく設定されているんです。スタジアム敷地内と外部を3つのゾーンに分けて、その中に入れる時間帯を業種によって細かく設定しています」

ファンが不快になる中継になるのが怖い。

--無観客試合の実況を、アナウンサーとしてどうとらえていますか?

「『観客に足してもらえることがひとつもない』という難しさがまずあります。観客の反応という演出がなくなるわけですから、戦術的な話、選手が背負っているものを織り込みながらボールホルダーをひたすら追う中継になるでしょう。

 そうするとどういう状況が起こり得るかと言うと、良いときはより良いサッカーの質を伝えることができる。これはプラスです。

 問題は良くないとき。ボールを追えば追うほど、技術的な部分、戦術的な部分でのチームや選手の不調や技術のなさがあからさまになります。ネガティブな中継にならない工夫がこれまで以上に重要でしょうね。

 サッカーファンやそのチームのファンが不快になる中継になるのが怖いです。

 例えば、『こういう厳しい状況だけれどこんなにスタンドは応援していますよ』とか『この人たちのために、今走るべきです』とか、そういう表現では逃げられなくなる。

 良くないものを良くないと言い切る中継、『今日の彼は良くないですね』と言い切る中継を日本のファンはどれだけ許容してくれるでしょうか。

 日本は多くの海外と比べて自分の好きなものを人にとやかく言われたくないと主張するファンが多い。好きならば好きなほどその傾向は強いんです。それも文化だと受け入れていますが、また少し難しくなったかなと気にしています」

中継車の中は紛れもなく「密」。

--今後、Jリーグの中継も始まります。どういったところに気を付けるべきでしょうか。

「スタジアムからのあらゆるライブ中継には、必ず中継車が必要になります。テレビやラジオの映像や音声を収録、伝送するための機材を搭載した車ですが、ここが大きな課題になると思います。中継車の中は紛れもなく『密』なんです。でも人を減らすのは難しい。

 ブンデスでは、機材と機材の間にアクリル板のような仕切りを立てたり、コンビニのレジにかかっているようなビニールカーテンを天井からいくつも吊るしたり、そういう保護シールドの工夫を中継班はしたようです。もちろんマスクをした上でですね。

 コロナウイルスって握手をさせない、ハグをさせない、人と人との繋がりをあざ笑う憎いウイルスですよね。

 サッカーは近年、どんどん『密』を目指していました。カレンダーはいつもいっぱい。試合がいっぱい、移動がいっぱい。スタジアムの周りも『密』を作ろうと、たくさん商業系のホテルを作ってみたり、複合施設を併設したり。一生懸命やっていたのにそれが全部ダメ。

 試合を見終えた後に語り合う文化も難しくなる。『密』の見直しは必要ですね」

今季は固定のセットにするしかない?

--スタジアムにある中継ブースも心配ですよね。

「これは“現場サイド”の懸念ですが、例えばある会社が僕のセットで中継したとします。セットというのは、実況・解説・スタッフという試合ごとのグループです。その中で感染者が出てしまうと、そこに関わった人は他のセットでは仕事ができなくなります。

 フリーの人間も多く関わっているので、感染源を特定するのは非常に難しい。となると今季は固定のセットにするしかないのでは?と思います。

 つまり今週FC東京を担当した50人は感染していないことが確認されるまで、別のカードは担当しない。検査を受けるか、2週間の期間を空けるなどして感染していないことが確認されるまでは他のスタジアムには行かないようにする、といったことも検討されるべきだと思います」

Jリーグという文化とサポーターをどう守るのか。

--ブンデスの再開を実況して、Jリーグの参考になるような事は何かありましたか。

「ドイツが作ったようなプロトコルを早くJリーグでも発表し、示してほしい。プロ野球と合同で制作することになるのでしょうが、外出規制など行動規制の解除には地域によってバラツキがあるので、練習の再開などを各クラブに任せてしまうと、問題が起きたときに後手に回る危険があります。

 ただ、ブンデスはPCR検査を頻繁にしているので再開できました。日本で同じアプローチはできないでしょう。お金もたくさん必要ですし、J3までやるとしたらとんでもない数になってしまいます。Jリーグはドイツとは違ったプロトコルを作る必要があります。

 Jリーグという文化と財産であるサポーターをどう守るのか。一刻も早く、クラブとサポーターへ向けて、コロナ問題が続くであろうこれからの数シーズンを乗り越えていくための、完成度の高いマニュアルをお願いしたいと思います。

 おそらくJリーグも無観客になるでしょう。でも、日本のサポーターは無観客でもこんなに工夫してサッカーを楽しんでいる、というのを世界に発信できたらいいですね。「かわいい」は世界共通の言葉になりました。これまでに培ったJリーグの文化を、コロナでもこんなに楽しめる日本のサッカーとしてアピールできたら、日本はサッカー先進国の仲間入りができるのではないでしょうか」

(「欧州サッカーPRESS」いとうやまね = 文)