2003年5月23日、卓球の世界選手権(パリ)の女子シングルス4回戦で福原愛が李恩実(韓国)を4-2で破り、準々決勝に進出。日本勢の同種目8強は1989年大会の内山京子以来、14年ぶり。同日に行われた準々決勝では当時世界ランク1位の張怡寧(中国)に0-4で敗れたが、当時、史上最年少の14歳6か月で日本代表となった“天才少女”が世界に名を轟かせた。大観衆に拍手を浴び「結果には満足しています。世界の8強に入るのって、本当にすごいことなんですね。ビックリしています」と振り返った。

 3歳9か月で卓球を始め、5歳で全日本選手権バンビの部(小学2年生以下)を優勝。テレビ番組で泣きながら卓球をしている姿が放映され「泣き虫・愛ちゃん」の愛称もつき、卓球人気を一気に押し上げた。小学4年生でプロ宣言をすると、本場の中国でも強化。持ち前の攻撃的プレーを磨き上げ、2002年釜山アジア大会で国際主要大会の日本代表デビュー。パリ世界卓球では国内選考会で自ら権利を勝ち取って代表権を獲得した。

 大会当時の世界ランクは91位だったが、2回戦で当時12位で、のちにアテネ、北京で五輪2大会連続シングルス4位のリ・ジャウェイ(シンガポール)を撃破。3、4回戦でも格上を圧倒し、実力でも世界に通用することを証明した。世界選手権でのシングルスの最高成績は14歳で勝ち取った8強だったが、最後の大舞台となった16年リオ五輪では4位。五輪団体戦では12年ロンドン大会で銀、リオで銅と2つのメダル獲得に貢献した。

 世界最高峰の中国超級リーグでも活躍し、流ちょうな中国語を話せることで同国でも人気を博した福原はリオ五輪後に台湾代表の江宏傑と結婚。18年に引退した。