日本のファンに馴染み深いブラジル人監督が、数年前から中東で奮闘している。

 ペリクレス・シャムスカ、54歳。

 MFとしてプロを目指したが、思いは果たせなかった。大学で体育学を修めるとフィジカルコーチを経て1994年、28歳の若さで指導者となった。

 ブラジル各地の中小クラブを渡り歩ると2004年、サンパウロ郊外の小クラブ、サントアンドレ(現在は全国リーグ4部から陥落して州リーグ2部)の監督に就任する。

 ブラジルリーグと並ぶ2大タイトルであるコパ・ド・ブラジルでアトレチコ・ミネイロ、パルメイラスといった超格上クラブを次々に撃破し、決勝で名門フラメンゴと対戦した。ホームで2-2で引き分けた後、リオのマラカナン・スタジアムで、7万人を超えるフラメンギスタの前で2-0と快勝して奇跡の初優勝。一躍、有名になった。

 2005年9月から2009年まで大分トリニータの監督を務め、2008年にクラブ史上初のタイトルとなるナビスコカップを制覇(これは、彼個人にとっては2004年の偉業の再現だった)。この年、Jリーグでも4位と大健闘した。

 その後、ブラジルの中堅クラブ、カタールのクラブなどを経て2014年にジュビロ磐田(当時J2)を率いたが、シーズン途中で退任。カタールやUAEのクラブを経て、2018年10月からサウジアラビアの中堅クラブ、アルファイサリーを率いている。

 サウジアラビア・リーグは昨年8月22日に開幕し、今年5月30日まで行なわれる予定だった。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、全30節中22節を終えた3月14日から延期されている。

 ブラジル北東部サルバドールの自宅で待機する監督に話を聞いた。

大分には優れた選手が大勢いた。

――2005年9月、最下位と同勝ち点の17位で2部降格濃厚と思われた大分の監督に就任。7勝3分2敗と成績を急上昇させ、「シャムスカ・マジック」と言われました。

「監督就任後、最初の試合までに、この年のトリニータの全試合、そして他チームの多くの試合を映像で確認した。トリニータには優れた選手が大勢おり、決して下位に沈むようなチームではなかった。また、トリニータが絶対に勝てないと思うチームも見当たらなかった。

 だから、やるべきことをすべてやれば、必ずチームの成績が上向くと思っていた」

提示した戦術とメンタリティとは。

――具体的には、何をしたのですか?

「戦術面では、守備組織の整備が急務だった。高い位置からプレスをかけ、前線の選手にも守備のタスクを与えた。そして、ボールを奪ったら勇気を持って攻める。

 チーム状況からして“アウェーだから引き分けでいい”という贅沢は許されなかった。ホームではもちろん、アウェーでも勝ちに行くと選手に伝えた。

 そこで死活的に重要だったのが、それまで負け続けて打ちひしがれていた選手たちに自信を取り戻させること。『君たちはできる。どんな相手にも勝てる』と言い続け、モチベーションを高める動画を見せ、主力選手と個別に話し合うなど、あらゆる手段を講じた」

――そして、最初の試合で強豪・浦和レッズをアウェーで倒しました。

「埼玉スタジアムの巨大なスタンドは、浦和のサポーターで真っ赤に染まっていた。あらゆる面で非常に厳しい状況だったが、選手たちは日本へやってきたばかりの私を信じ、私が授けた戦術と指示を忠実に実行してくれた。

 前半に先制し、その後、追いつかれたが下を向かず、終盤にマグノ・アウベスのゴールで勝ち切った。この結果には、クラブ関係者ですら驚いていた(笑)」
 
――最終的に、この年は11位まで順位を上げました。

「最初にアウェーで難敵を倒したことで、選手が自信をつけた。レギュラーも固まった。

 その後は、相手に応じて戦術を微調整しながら、すべての試合で勝利を目指した。積極的な守備、積極的な攻撃が機能した」

森重はカタールの監督時代に……。

――若手を積極的に起用し、成長を促して、日本代表にも送り込みました。最初に頭角を現わしたのが、GK西川周作(現浦和レッズ)です。

「闘志に溢れ、ポジショニングが良く、キャッチング技術に優れ、フィードも素晴らしい。GKとしては非常に若かったが、安心してゴールマウスを任せられた」

――森重真人(現FC東京)は、あなたがボランチからCBへコンバートしました。

「2006年に加入した際、それまでボランチだったが、フィジカル能力が高く、空中戦に強く、ロングフィードもうまい。CBとしての方が適性があると判断した。その後、日本代表入りし、2014年ワールドカップ(W杯)で彼の姿を見ることができて嬉しかった。

 素晴らしいCBで、カタールのクラブを率いていた頃、獲得を試みた。でも、FC東京が手離そうとしなかった(苦笑)」

金崎&清武の活躍も嬉しい限りだ。

――FW金崎夢生(現名古屋グランパス)も、2008年からレギュラーに抜擢しました。

「彼も非常に若かったが、技術がしっかりしていたし、『絶対に成功するんだ』という強い気持ちを持っていた」

――MF清武弘嗣(現セレッソ大阪)にも多くの出場機会を与えました。

「西川、梅崎(司。現湘南ベルマーレ)らと同様、彼もクラブの下部組織出身。惚れ惚れするようなテクニックと優れた判断力を備えていた。後にブンデスリーガや日本代表でも活躍したが、彼の力からすれば当然だろう。

 トリニータは下部組織がしっかりしており、優秀な選手を大勢育てていた」

――彼らのことは、今でもフォローしていますか?

「日本代表でプレーしたときはいつも注意して見ていたし、クラブでの試合も可能な限りチェックしている。自分が指導した選手がその後も活躍する姿を見るのは、本当に嬉しいものだ」

2008年の快進撃と翌年の経営難。

――2008年の快進撃について説明してください。

「就任以来、私が植え付けてきた戦術、考え方、フットボール哲学が浸透したという手ごたえがあった。攻撃の選手に守備のタスクを与えると同時に、守備の選手にも攻撃のタスクを与えた。全員が高い守備意識を持つ一方で、チャンスには人数をかけて攻める全員守備、全員攻撃のフットボールがナビスコカップとJリーグの多くの試合で実現できた。

 クラブ関係者の献身も見事だったし、サポーターの後押しも大きな助けとなった」

――大分は2009年に重大な経営危機を迎えます。それまでチームを率いていて、そのような気配を感じていましたか?

「大口スポンサーが撤退したことは知っており、強化費も激減していた。それでも、コーチングスタッフ、選手、職員への給料支払いが一度も遅れなかったことに逆に驚いた。

 もしこれが南米のクラブだったら、間違いなく給料が出なくなっていたはず。日本人の誠実さを改めて感じた」

――現在、大分トリニータと同じ九州に本拠を置くサガン鳥栖が経営危機を迎えています。

「そのようだね。九州では、フットボール以外のスポーツも人気があり、クラブが安定した経営を維持するのはかなり困難なようだ。でも、鳥栖にも何とか踏みとどまってほしい」

中東各国は低迷を脱しつつある。

――その後、母国ブラジルの中堅クラブを経てカタール、UAE、アウジサラビアのクラブで実績を残します。

「中東のフットボールは、一時期の低迷を脱して成長しつつある。クラブが多額の投資を行ない、ファンのすそ野も広がりつつある。

 今、代表レベルではカタール代表が、クラブレベルではサウジアラビアのアルヒラルがアジア王者なのは、決して偶然ではない」

――サウジアラビアと周辺国の新型コロナウイルスの感染拡大の状況は?

「サウジアラビアでは、3月に入ってから急速に感染が広がった。3月中旬から主要都市が封鎖されているが、それでも感染者が増え続けている(注:5月19日時点で、感染者5万9854人、死者329人)。リーグも再開の目途がついていない。

 中東全体では、イランを除くと欧州ほど深刻ではないが、引き続き厳重な警戒が必要だ」

サウジリーグは外国人枠が「7」!

――サウジアラビア・リーグについて簡単に説明してください。

「アルヒラル、アルイテハド、アルナスルが3大クラブ。アルヒラルは最も資金力があり、アジア・チャンピオンズリーグ(ACL)を3度(注:1992年、2000年、2019年)制覇している。監督がルーマニア人で、元フランス代表、元イタリア代表、ペルー代表、元韓国代表の有力選手を擁し、サウジアラビア選手も代表クラスがほとんどだ。

 アルイテハドは2004年と2005年のアジア王者で、元ブラジル代表GKらがいる。アルナスルは、1995年のACLで準優勝。ここもブラジル選手が多い。

 外国人選手枠が7人もあり、サウジアラビア出身の外国籍選手も1人はOK。監督はヨーロッパ人と南米人が多く、戦術面でも急速に進歩している。アジア最強リーグの1つであるのは間違いない」 

――あなたが率いるアルファイサリーは中堅クラブですね。

「ビッグ3に資金力では及ばないが、近年、急速に力を付けている。以前は10位前後だったが、私が監督に就任して以降、2018~19年が6位で、今季はここまで5位。来年のACL予備戦に出場できる3位まで勝ち点4差だ」

カタール、サウジともに難敵だ。

――2019年アジアカップで、日本はラウンド・オブ16でサウジアラビアを1-0で下したものの、決勝でカタールに1-3と完敗を喫しました。

「サウジアラビアは敗れたが、試合内容は互角かそれ以上。日本の最大の長所はコレクティブに戦えることだが、個の能力ではサウジアラビアの方が上だった。カタールは、2022年W杯を開催することによる効果が顕著だ。積極性と個人能力の高さで日本を圧倒した。

 現在行なわれている2022年W杯アジア2次予選で、カタールはグループ首位でサウジアラビアはグループ2位。もし最終予選で日本がこの両国と対戦するようなら、大いに警戒しなければならない」

――日本サッカーの強みと課題をどう考えてますか?

「最大の特長は、組織力とチームワーク。技術、フィジカル面も年々上がっている。選手の多くが欧州でプレーしており、国際経験も豊富だ。

 一方で課題は、1人で試合を決めることができる傑出した選手が少ないこと。そして、2018年W杯のベルギー戦で露呈したように、試合運びがまだ拙いこと。クラブでも代表でも、日本人選手は試合の状況に応じて戦い方を変えるのが苦手だ。フットボールIQをさらに高める必要がある」

生涯忘れられない大分の思い出。

――日本のファンへのメッセージをお願いします。

「トリニータの監督在任中、いつも非常に熱心に応援していただいた。

 2009年末に日本を離れるとき、大分空港で、さらには乗り換えの羽田空港でもシャムスカ・コールをして別れを惜しんでくれた。これには本当に感激したし、一緒にいた妻は涙ぐんでいた。生涯忘れられない思い出だ。また、今でもメッセージを送ってくれる人が大勢いる。

 いつも応援していただいて、本当にありがとうございます。

 サウジアラビア、ブラジルと日本は離れていますが、いつも日本での素晴らしい日々のことを思い出します。またいつかお会いしましょう!」

 監督生活27年目。ブラジル、日本、カタール、UAEに次ぐ5つ目の国で延べ30チーム目のクラブを率いるこの男は大分時代と同様、若々しく精悍な表情を浮かべ、燃えたぎるような情熱を傾けて、闘い続けている。

(「熱狂とカオス!魅惑の南米直送便」沢田啓明 = 文)