「そういう運命やったんかな」。4月末、山あいの岐阜県中津川市。4歳のころから約13年、レスリングに打ち込んできた速水雷亞(らいあ)さん(17)=中京高(昨年度までの中京学院大中京高)3年=はそう語り、澄んだ青空を見上げた。

 4月26日に集大成だった全国高校総合体育大会(インターハイ)が新型コロナウイルスで中止され、その約1カ月前には選ばれていた東京五輪の聖火ランナーの延期も決まっていた。厳しい現実が重なった。「いろいろなくなっちゃってすごく残念。長くやって来てインターハイが大目標だった。やりたかったですけど、まだ国体があるんで」。無力感を押し殺し、自宅近くに走りに出た。3月末から自主練習が続いている。

 レスリングは青春そのもの。母幸子さん(42)によると、幼稚園の先生がレスリング教室を始めることになり、「格闘技なら礼儀も身につく」と競技を始めた。立ち会い一気の「両足タックル」が得意。初出場した試合は全国大会だったが2位に。小学1、3年生でも全国3位になった。

 中学に入るとなかなか勝てなくなった。中学2年の夏前、右ひざの前十字靱帯(じんたい)を痛めて手術、中3の夏は試合にさえ出られなかった。だから「高校の夏への思いは余計に強かった」。

 高校では午前5時に起きて朝の練習。授業後にまた2時間半。県では新人大会で優勝するなど着実に成長し、昨年12月のJOCジュニアオリンピック東海・北信越地区大会の男子フリースタイル57キロでは、昨年のインターハイ(男子51キロ)王者の三重県の選手を破り、優勝。初めてのインターハイ出場は見えていた。

 体重が増えにくい体質で、1日4~6個、幸子さんが握ってくれたおにぎりを、弁当とは別に食べ続けた。幸子さんは「(レスリングを続けられずに)どこかで折れるかなと思っていた。練習が嫌とかいうのもなかった」。

 競技への情熱が認められ、聖火ランナーに選ばれていた。速水さんは「まさか自分がと思った。延期にはなったけど、楽しみではあります」。中学、高校と2度、最後の夏が消え、進路は決められる状況ではないが、「前を向いて来年を迎えたい」と話した。(土井良典)