ワールドラグビーの会長選挙は、オンラインで行われた。

 通常ならアイルランドのダブリンにあるワールドラグビー本部に世界各地の理事が集まり、プレゼンテーションと深夜まで続くロビー活動を重ねた上で投じられる票も、今回はオンラインによる電子投票。プレゼンテーションも個別にオンラインで行われた。5月2日に発表された結果は、ビル・ボーモント現会長が28票、アグスティン・ピチョット現副会長が23票。これにより、ボーモント会長は再任された。

 勝敗だけを見れば、下馬評通りに見えるかもしれない。

 現職のボーモント会長は68歳。ラグビーの母国であり最大の競技人口と(ラグビーでは)最大の経済規模を誇る宗主国イングランドの代表元キャプテンで、ポジションはFWのロック。英国王室からナイトの爵位を得ている名士であり巨人だ。その現職会長とタッグを組んだ副会長候補が、そのイングランドとは宿敵として常に対立軸を作ってきたフランスのベルナール・ラポルト(フランス・ラグビー協会会長)だった。いわば大国連合、呉越同舟だ。

 ボーモントに挑んだのは、これまで副会長としてボーモントとともにワールドラグビーの改革をリードしてきたアグスティン・ピチョットだ。こちらはアルゼンチン代表の元キャプテン。俊敏な動きで活躍したスクラムハーフは45歳の今も溌剌とした行動、歯切れのいい発言に青春の覇気さえ漂う。老獪な紳士たちが政治的に行動する国際スポーツ団体では飛び抜けて若い。

団結する欧州、恵まれない南半球。

 勝負の見通しはどうだったか?

 ボーモントの母体は欧州6カ国対抗を組むイングランド、スコットランド、アイルランド、ウェールズ、フランス、イタリアの6カ国。ここが全部仲良しなわけではないが、実利の前では間違いなく団結する。常々イングランド嫌いというスコットランドやアイルランドも、6カ国対抗へは新参者として冷遇されがちなイタリアも、その既得権は守りたい。何しろ欧州6カ国対抗戦(シックスネーションズ)は収容5~8万人のスタジアムが15試合すべて満員になる大会なのだ。

 ピチョットを支えるのはザ・ラグビーチャンピオンシップ(南半球4カ国対抗戦)を組む南アフリカ、ニュージーランド、オーストラリア、アルゼンチンだ。南半球は広い。広くて陸が少ない。こちらは遠距離移動しないと国際試合は組めない。欧州のように近接したところに産業も集積していない。人口密度も高くない。資源は豊富でも、資金は恵まれていない。

複雑なワールドラグビーの構造。

 では、勝負の鍵はどこにあるのか。

 選挙を行う以上、有権者の支持を得なければならない。

 まず基礎票は? 6カ国対4カ国だから、その差は2票? いや、ワールドラグビーという組織の選挙は、単純な国(と地域)の数あわせではない、複雑な構造なのだ。ワールドラグビー理事会の票数(議席)は51あるが、これは51カ国に割り振られているという意味ではない。議席を持っている国・地域と地域協会の数は24。しかも、国によって、割り当てられた議席数は大きく異なるのだ。

 具体的には、「ティア1」と呼ばれる10カ国(欧州6カ国対抗のイングランド、スコットランド、アイルランド、ウェールズ、フランス、イタリアと南半球4カ国対抗の南アフリカ、ニュージーランド、オーストラリア、アルゼンチン)が各3議席(計30票)。日本および欧州、北米、南米、オセアニア、アジア、アフリカの各地域団体が各2議席(計14票)。カナダ、米国、ルーマニア、ジョージア、フィジー、サモア、ウルグアイの7カ国が各1議席(計7票)。

 意思決定権の著しい不均衡。これが世界ラグビーの現実だ。

 だが、実はこれでも緩和されてきたのだ。ワールドラグビーの母体、旧称IRB(国際ラグビー評議会)は、1987年の第1回ワールドカップ(W杯)が開かれるまでは、わずか8の理事国で運営していた。上記「ティア1」10カ国から、イタリアとアルゼンチンを除いた8カ国で、「ファウンデーションユニオン」、「オリジナルメンバー」などと総称される。いわゆるラグビーの伝統国である。

 IRBは1987年に初めてのW杯を開催後、理事枠の拡大へと舵を切った。アルゼンチン、カナダ、イタリアと日本が新たに理事国入り。のちに世界6地域の地域団体にも理事枠(投票権)が開かれた。だが格差は依然残った。新規参入国・団体に1票が与えられたのに対し、「旧8カ国」には2票が与えられた。ラグビーの歴史の大半を築いてきた伝統国のエスタブリッシュメントたちは、実際の決定権を新参者たちに渡すつもりはなかったのだ。

グローバル化を目指したラパセ元会長。

 だが時代は移る。21世紀に入り、ラグビーも変革を迫られた。

 2008年、IRBの新しい会長に就任したベルナール・ラパセ会長はフランス人。初めて非英語圏から生まれた会長だった。ラパセは「ラグビーのグローバル化・オリンピック種目入り」を目標に掲げ、W杯2019年大会を初めて非伝統国である日本で開催することも推進した。これは、IOCに対する「ラグビーは世界的に普及しているスポーツなのです」というアピールでもあった。日本でのW杯開催が決まったのは2009年7月28日。それから半月後の8月13日、7人制ラグビーが2016年オリンピックからの追加競技に決まった。

 国際化路線は、必然的にガバナンス(法令遵守)とアカウンタビリティ(説明責任)を伴う。

 ラパセ会長のあとを引き継いで2016年に就任したボーモント現会長は、伝統国の“本丸”イングランド出身ながら、非伝統国であるアルゼンチン人のピチョットを副会長に据え、ワールドラグビーの改革姿勢を強調した。2018年、ワールドラグビーの理事枠はさらに大きく拡大された。ワールドラグビーのWebサイトは自ら「ヒストリック・モーメント(歴史的な瞬間)だ」と見出しをつけた。

 それまで上位国に肉薄する実力を持ちながら「ティア2」と位置づけられ、国際舞台では脇役だったフィジー、サモア、ジョージア、ルーマニア、米国の各協会に1枠が与えられた。同時に、女性理事が大量に登場した。それまで32だった理事枠は49まで17も拡大され、うち17を女性が占めた。

 この拡大は、ラパセ前会長時代の遺産でもあった。ラパセ前会長は自身の任期満了を前に、ワールドラグビー理事枠について指針を明文化した。2015年11月10日に行われた理事会で示されたのは、ガバナンス慣行、議事録などの報告、提供などが適切にされている上で、直近8年間のW杯出場歴、欧州6カ国対抗や南半球4カ国対抗への参加実績、さらにラグビーへの投資額、ワールドラグビー関連イベント開催歴、女子ラグビー、男女セブンズへの取り組みなどの評価基準を明示して、ワールドラグビー理事枠の根拠を示した。

 その結果、2018年11月にフィジー、サモア、米国、ルーマニア、ジョージアが、さらに1年後にウルグアイが18カ国目の理事国入りした。日本は投資額や女子、セブンズへの普及策など4項目を満たしたことで2票目を得た。女性理事を増やそうというワールドラグビーの働きかけで、日本の2枠目にはリオ五輪女子セブンズ監督を務めた浅見敬子氏が指名された。

改革をもっと進めるべきか。

 非伝統国の発言権、意思決定への参加権は着実に増えた。だが一方で伝統国の決定権も並行して増していた。

「ティア1」各国は、W杯で8強進出経験を持つフィジーやサモア、カナダなどの3倍にあたる3票を持つ。地域団体には2票ずつが与えられていたが、アジア協会には22の国と地域が加盟していて、理事国枠を持つ日本を除けば21カ国で2票。単純な国・地域単位で比較したら約30倍もの「1票の格差」が存在する。

 今回の会長選挙の争点はそこだった。「改革開放はすでに進めている」と考えるのか。「もっと進めなければ」と考えるのか。前者がボーモントであり、後者がピチョットだ。昨年のW杯のとき、ピチョットは言っていた。

「もっと多くの国がトップに挑戦できるような仕組みを作らなければならない。簡単ではないけれど、それをやめたら僕がここ(ワールドラグビー副会長)にいる必要はないからね」

 ピチョットは4月に発表したマニフェストで、意思決定システム、つまり理事枠の平準化、「ティア1」以外の国(日本やフィジーなど)が上位国と対戦できるカレンダーの再編成などとともに「ブラジルやチュニジアなど」と例を出して「新興国の強化をサポートしよう」と訴えた。

 伝統国側としては、ちょっと待て、というのが本音だったろう。改革は進めてる。門戸も開き始めた。今までだってチャンスは与えてきた。だからアルゼンチンも日本もこんなに強くなったんだろ。フィジーやサモアやウルグアイも理事に入れた。強くなったら伝統国とも試合を組んであげる。そもそも、いろんな国が強化できるように分配するお金を作っているのは我々伝統国だぞ……そんな本音が、いつもは水と油だった英仏大連立さえ実現させた。

3票がピチョットに流れていたら。

 かくして、選挙の結果は28-23。ボーモントは選挙に勝利したが、下馬評以上の僅差でもあった。本拠地イングランドでも、2003年W杯優勝監督のクライブ・ウッドワードがピチョット支持を表明するなど、世界各国で意見は割れた。

 海外メディアで報じられた投票内訳では、欧州協会はボーモントを支持したが、6カ国対抗への門戸が閉ざされているジョージアとルーマニアはピチョットについた。一方、オセアニア協会はSANZAAR(南アフリカ、ニュージーランド、オーストラリア、アルゼンチン)に従いピチョットについたが、新加盟のフィジーとサモアはボーモント側に回った。米国・カナダと北米協会の4票は2-2で分けた。アフリカ協会はSANZAARを離れボーモントへ。そしてアジア協会はピチョットに、日本はボーモントについた。

 差は5票だったから、ボーモントに投じられた票のうち3票が逆に流れていたら結果は入れ替わっていた。日本とアフリカが、あるいはそのどちらかともう1カ国・団体が逆に投じていれば、結果は入れ替わっていた。日本は、まさしくキャスティングボートを握っていたのだ。

均等化を訴え、改革したピチョット。

「日本がティア1に入った」

 選挙後、そんな報道が流れた。ボーモントが、日本側にそれを確約したのだという。一方でボーモントは「ティアそのものをなくしていきたい」とも発言した。

 そもそもラグビー界でいう「ティア」(階層)とは正式な制度ではない。2003年W杯の総括会見で、当時のIRBシド・ミラー会長が「IRBは、欧州6カ国対抗と南半球3カ国対抗、アルゼンチンの10カ国をティア1と考えている」と発言。それは、この大会で極端に不利な日程を課せられ早々に敗退したアルゼンチンへ謝罪する代わりに、既得権の側に入れてあげるよ、という言葉だった。その発言を引き出したのは、その大会でアルゼンチン代表の主将として、不利な日程へ抗議の声を発し続けたピチョットだった。

 ティア1と位置づけられたアルゼンチンは、それまで以上に強豪国との対戦が増え、急激に力をつけた。4年後の2007年W杯では3位に躍進。2012年からはトライネーションズに加わってザ・ラグビーチャンピオンシップの一員となり、上位国と連戦して培った力は2015年W杯での2度目の4強入りに繋がった。アルゼンチンは、ティア1と位置づけられた恩恵を確かに享受し、ステージを上げた。

 そして、その当事者であるピチョットは、恩恵をさらに広げようとした。伝統国をリスペクトしつつ、より門戸を開こう、機会の均等化を図ろうと。その流れは2015年、そして2019年の日本代表の躍進にもつながった。日本は力をつけるにつれ上位国と対戦する機会が増え(むろんW杯ホスト国に対する配慮もあったが)その経験がさらに力を高めた。そしてどちらのW杯でも、部分的に不利な日程は存在したが、ティア2国のみに酷な日程が課される悪弊は消えていた。

考慮されたのは“パンデミック”。

 日本が「ティア1」と同等の評価を得たことは素直に嬉しい。これは、歴代の選手たち、スタッフたちの真摯で献身的な努力で勝ち取ったものだ。ボーモントの「約束」も、取引ではなく、結果に対する正当な評価だったと捉えたい。日本協会のある幹部は、ボーモントの提案もピチョットの提案も、大きな差はなかったと言った。ピチョットもまた、日本に今後も上位国と対戦するチャンスを増やしていこうとした。

 そもそも、ピチョットはアルゼンチンとか日本とか、特定の国を引き上げるのではなく、努力した国を引き上げる仕組みを作ろうとしていた。そして、ピチョットが主導して実現させようとした(そして、既得権喪失を恐れる6カ国対抗下位勢の反対で断念した)南北半球の上位国による、ティア云々で固定せず入れ替えシステムを備えたネーションズ選手権について、ボーモントは当選後に「また検討したい」と言った。「大きな差はなかった」という日本協会幹部の感想を裏付ける発言だ。

 考慮されたのはむしろ、世界を覆う新型コロナウイルスによるパンデミックだった。危機を迎えたときに保守的なリーダーを選ぶのか、より変革しようとするリーダーを選ぶのか。日本協会は保守を選んだ。

 ちょっと待とう。いったん立て直してから次のことに取り組もうと。

 しかも、昨年のW杯で得た高い評価は、とどまることすらとてつもなく困難な場所だ。そこで得た権利は何ら恥じることなく行使したい。ティア1のように遇されるならそれを拒む理由もない。現会長の続投でいいだろう。ピチョットは若いし次の機会もあるだろう--と。

脱亜入欧か、さらに門戸を開くか。

 筆者は個人的には、ピチョットに舵を任せたかったと思う。一方で、日本協会がボーモントを選んだことも理解できる。どちらも改革を目指して行動してきた(だから、選挙に敗れたピチョットはすぐにボーモントを祝福し、ボーモントもすぐに謝辞を述べて相手を称えた)。

 強いて言えば穏健改革派と急進改革派の違いだろう。ボーモントの後ろにはネオコンみたいな岩盤保守の影もちらつくが、時代はもう後戻りできない。ピチョットに投じられた45%の票のうしろにある膨大な人口と市場は無視できない。

 だが、ピチョットは選挙に敗れると、自ら理事の座を退いた。同時にアメリカズ協会会長、アルゼンチン協会会長の座からも離れた。「改革できないのなら、僕がここにいる意味はないんだ--」昨年のW杯の際に口にした言葉は、潔く実行された。再挑戦待望論はくすぶるだろうが「次」があるかどうかは、ピチョット自身も含め、誰にも分からない。

 そして、これから問われるのは、伝統国から高い評価を得た日本がどう振る舞うかだろう。特別なサロンに入れてもらえたことに満足し、かつての名誉白人のように、脱亜入欧だと酔うのか。それとも、もっと多くの仲間がそのサロンに入れるように扉をあけ、努力してここまで来いよと呼びかけるのか。

 昨年のW杯。プール最終戦のスコットランド戦に勝ち、4戦全勝で1位通過、決勝トーナメント進出を決めたあと、リーチ マイケル主将は言った。

「この勝利は日本ラグビーにとってだけでなく、アジアの国々にとっても素晴らしいことだし、ティア2の国々にとってもいいこと。だから、私たちが準々決勝に行くことは本当に素晴らしいことだと思います」

 どうやら、答えは自明なようだ。

(「ラグビーPRESS」大友信彦 = 文)