ロシア・ワールドカップ最終予選、日本はオーストラリアに2-0で勝利し、最終戦のサウジアラビア戦を残して6大会連続でのワールドカップ出場を決めた。

 この最終予選突破は日本がいろんなことをブレイクスルーすることになった。

 最終予選の初戦に敗れた国が予選突破した確率は、それまで0%だった。日本は初戦のUAE戦に敗れたが、見事そのジンクスを打ち破った。また、過去予選でオーストラリアに日本は勝利したことがなかったが、今回、見事勝利しての予選突破になったのである。

 ただ、この最終予選には、ここ数年とは異なる風景がピッチにあった。

 南アフリカ、ブラジル大会で活躍した本田圭佑、香川真司、岡崎慎司ら主力たちの姿が、ピッチになかったのだ。その中で彼らと同世代でありながらハリルホジッチ監督の信頼を得て、左サイドバックとしてオーストラリア戦のピッチに立ったのが、長友佑都だった。長友は、過去2大会の最終予選を経験し、ロシア大会予選で3回目の予選突破になった。当時は、30歳、オーストラリア戦でゴールを決めた井手口陽介とは10歳も異なり、ベテランの域にあった。

 そんな長友が試合後に漏らした言葉が、非常に印象的だった。
「今回が一番嬉しいですね。もう格別ですね」

 たぶん、多くの人が初体験のことを印象深く覚えているし、消えないものだが、長友は3回目の今回の最終予選が一番だと笑ったのだ。

 格別の理由は、なんだったのだろうか――。

 当時、長友はインテルでプレーしていた。2015―2016シーズンは左サイドバックの補強のあおりを受け、ポジション争いの機会さえなく、一時は放出要員になった。いろいろ悩んだが残留を望み、コンディション調整して試合で結果を出すことで、ようやくポジションを奪い返すという厳しいシーズンを過ごしたのだ。

 また、代表ではハリルの意向もあり、世代交代が一気に進んだ。ロンドン五輪世代が中心になり、リオ五輪でプレーした若い選手が増え、1試合ごとにメンバーが変わるという状態で戦う最終予選だった。ブラジル大会予選の時のザッケローニ監督はメンバーを固定し、コンビネーションで戦うことを主とし、スタイルを築いたが、ハリルは調子のよい選手優先の現実路線で、長友といえども出場が確保されていたわけではなかったのだ。


 だが、長友は、なんとしても代表に生き残り、ロシア・ワールドカップに出場しなければならない理由があった。それは「ブラジル・ワールドカップの惨敗」があったからだ。

「自分たちのサッカーと言っていたんですけど、理想論だけ語っていても世界じゃ勝てないと分かった」

 世界で勝つことの難しさ、世界と戦うことの厳しさを改めて痛感させられた。このままで終われない。南アフリカ・ワールドカップ以上の結果をロシアで実現したい。その強い思いが、代表でプレーするという長友のモチベーションを支えた。

 オーストラリア戦では1点を先制した後、珍しく長友がサポーターを煽るシーンがあった。アドレナリンが出過ぎて、気が付いたら煽っていたということだが、過去2大会、経験がある選手でも、そのくらいの興奮状態にあったということは、それだけの大きな何かを背負いつつ、この予選の難しさを感じていたからであり、ここで決めたいという強い思いがあったからだろう。

 多くの困難を乗り越えての最終予選突破は長友にとって大きな財産になった。だが、ロシア行きを決めたとしても1年後、代表メンバーに入れるかどうか分からない。そんな危機感を試合後にポロっとこぼしていた。

 それでも長友は自信満々のように見えた。

 日々の体幹トレーニングや食事が間違っていないことは試合での自分のプレーで確認できていた。それを続けることでもっと進化できると思っていたからだ。実際、疲れ知らずの運動量と躍動感溢れるプレーは、20歳の井手口以上のものを感じさせた。

 また、本田たちとともに「もう一度、ワールドカップのピッチに立とう。ブラジルの悔しさをロシアで晴らそう」と話をしていた。

「ブラジルではクソみたいなプレーだったんで、あんな思いはしたくない。あの悔しさを晴らすのはワールドカップで活躍する以外にない」

 ガムシャラにプレーした南アフリカ、仲間とともに世界を目指したブラジル、そして下の世代に追われる中で存在感を示したロシア・ワールドカップのアジア最終予選。いろんな逆風を乗り越えて、長友は、選手としてさらに逞しくなり、ロシアへのチケットを獲得した。

 それゆえの“格別さ”だったのだろう

 そして、長友は1年後、ロシアでブラジルの借りをしっかりと返すことになる。

取材・文●佐藤 俊(スポーツライター)