兵法における勝利の基本は、「自らを優位な立場に置くこと」にある。例えば古の海戦では、遠くに飛ばせる砲弾と足の速い船で風上に立つことができたら、それは勝利も同然だった。動かしがたい事実がそこにある。アドバンテージを奪われたら、全速力で逃げるしかない。退却戦(リトリート)の中に、勝機を見出す。立場を変えるための取り組みをするしかないのだ。

 戦う前に、勝負の優勢、劣勢はついている。

 戦いには一つの定理がある。例えば、「城を攻め落とすには、守る側の3倍以上の兵力が攻める側に必要」と言われる。なぜなら、守る側は門を閉じ、堀、土塁、柵などに守られるだけに、当然、優位を得る。高所に陣取ることができ、相手を狙い撃ちすることができるのだ。

 サッカーでも、この原理は少しも変わらない。全員で引いて徹底的に守る。そう腹を決めた相手を攻め崩すのは、相当な力の差がないと骨が折れる。無理に攻めるとどうなるか? カウンターを浴びる形になり、攻めるどころか、一敗地に塗れることになるのだ。

 もっとも、定理は定理であって絶対的な答えではない。

 例えばチャンピオンズ・リーグ、ラウンド・オブ16の第2レグ、リバプールはアトレティコ・マドリーに0-1で負けた第1レグを挽回するため、飛ぶ鳥を落とす勢いでの攻撃を仕掛けている。右サイドバック、トレント・アレクサンダー=アーノルドが高い位置を取って、何度も好機を作る。守りを固めた敵に、砲弾を浴びせながら、前線は突撃を仕掛けた。結果、彼らは90分間で1-0と勝利し、追いついた形で延長戦に突入した。

 延長戦に入ってからも、リバプールは攻め続けている。そして右サイドからのクロスをロベルト・フィルミーノが合わせ、これは一度防がれるも、それを再び押し込んだ。このリードによって、勝負は決したはずだった。

 しかし一方のアトレティコは失点を食らいながらも、「謹直に守りながらも、攻め手は失わない」という辛抱強い戦いを続けていた。相手がボールを回そうとする瞬間を狙っていたのである。その点、抜け目がなかった。相手GKからの“パス”を敵陣で受けるやいなや、そのボールを受けたMFマルコス・ジョレンテが豪快なミドルシュートを蹴り込んでいる。

 そのアウェーゴールで与えたダメージは、甚大だった。

 攻め続けて目的を達したはずのリバプールは、再度、攻めに出る力はほぼ残っていない。最後のエネルギーを振り絞るも、隙も目立ってしまい、アトレティコに引導を渡されることになった。カウンターから再び、ジョレンテが放り込まれたのだ。そして、最後はアトレティコのアルバロ・モラタがだめ押しのゴールを決めている。

 リバプールの戦いは、実に華々しかった。城にこもる相手を、ほぼ攻め切っている。シーズンのハイライトに近い戦い方だ。

 しかし、アトレティコも一つの定理を現実化した。攻め続ける相手は、必ずどこかで消耗する。そこで逆襲に転ずれば、相手は脆さを出す――。

 コロナ中断前のこの一戦は、きわめてレベルの高い攻防だった。

文●小宮良之

【著者プロフィール】
こみや・よしゆき/1972年、横浜市生まれ。大学在学中にスペインのサラマンカ大に留学。2001年にバルセロナへ渡りジャーナリストに。選手のみならず、サッカーに全てを注ぐ男の生き様を数多く描写する。『選ばれし者への挑戦状 誇り高きフットボール奇論』、『FUTBOL TEATRO ラ・リーガ劇場』(いずれも東邦出版)など多数の書籍を出版。2018年3月には『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューを果たした。