アンドレス・イニエスタについて悪く言う人を探すのは、干し草の山から縫い針を見つけ出すくらいに難しい。

 ボールを、そして時間と空間を意のままに操る魔術師は、ピッチを離れれば良き夫であり、良き父であり、誠実さと良心のかたまりのような、非の打ちどころのない人物だ。

 誰もが、謙虚でスター然としたところがないその人間性に惚れ込む。

「アンドレスは特別な存在。選手としても人としても」(リオネル・メッシ)

「選手だけでなくファンも、彼から人に対してどう接するかを学ぶんだ」(セルヒオ・ラモス)

「彼に負けても怒る気がしない。なぜかって? 彼の勝ち方には品があるからだ」(ジャンルイジ・ブッフォン)

 『Rakuten TV』で先ごろ無料配信されたイニエスタの公式ドキュメンタリー『アンドレス・イニエスタ─誕生の秘密─』には、バルサ時代のチームメイトはもちろん、かつてしのぎを削ったライバルたちからのリスペクトコメントがぎっしりと詰まっている。

 なかでも印象的だったのは、イニエスタを語るネイマールの穏やかな表情だ。映像の中で彼は、微笑みをたたえながらこう予言する。

「(この先)第2のイニエスタは出てこないだろう」

 たぶん、そうだと思う。ホームだけでなく、アウェーのスタジアムでも、交代の際にあれほど盛大な拍手を浴びるプレーヤーなど滅多にいるものではない。あの柔らかなボールタッチに、どれだけきりきり舞いさせられても、いや、きりきり舞いにされればされるほど、拍手を送りたくなる稀有な敵なのだ。

 天才と人格者が、おしなべてイコールで結ばれないこの世界で、だからイニエスタの存在はここまで際立つのだろう。

 ただし、多くの人から尊敬を集める清廉潔白な名手も、これまでずっと穏やかな航海を続けてきたわけではない。それどころか激しい嵐に見舞われ、暗く深い海の底に引きずり込まれた時期もあった。


 まだ映像をご覧になっていない方もいるだろうから、あまり詳しくは書かない。ただ、すでにその事実は2016年に発売された自伝でも語られている。そう、イニエスタが発症した「うつ病」についてだ。1時間26分のドキュメンタリーで、それにまつわる描写が15分近くも続くのは、それだけ彼の見た闇が深かったからだろう。

 心の病に苦しむのは、イニエスタというプレーヤーを世界的に有名にした2つのゴールの“狭間”だった。

 その2つのゴールとは、2008-09シーズンのチャンピオンズ・リーグ準決勝第2レグ、アウェーのチェルシー戦で決めたアディショナルタイムの劇的な同点弾と、2010年南アフリカ・ワールドカップのファイナルで叩き込んだ、スペインを初の世界王者へと導く延長後半の決勝ゴールだ。

 バルサで3冠を達成した輝かしい08-09シーズンの終了後、イニエスタは得体の知れない空虚感に苛まれる。そこに怪我も重なり、さらに09年8月の親友ダニエル・ハルケ(当時エスパニョール)の急死が追い打ちをかけた。

 一時は当時25歳の立派な大人が、両親と一緒でなければ眠れないほど精神状態は不安定になったという。

 それでも、家族や現在の妻である恋人のアンナ、当時のジョゼップ・グアルディオラ監督、そして信頼できる心理カウンセラーなど周囲の人々の支えもあって、イニエスタは少しずつ回復していく。

「ダニ・ハルケ、いつも僕たちと一緒だ」

 ハルケの死からおよそ1年後、そう書かれたアンダーシャツをまとい、イニエスタが喜びを爆発させながらヨハネスブルクのサッカー・シティ・スタジアムを疾走していた。それは彼自身の、深い海の底からの生還を意味するシーンでもあっただろう。

 誠実で、謙虚な人柄の奥に秘めていた芯の強さ、負けん気の強さというパーソナリティは、うつ病を乗り越える過程で、押し出されるように発露していったように思う。

 そのプレーの一つひとつに楽しさと喜びが溢れているのは、のしかかるプレッシャーと上手く付き合う方法を、解き放つ術を、苦しみながらも身に付けたからに違いない。

 バルサ時代について、イニエスタはドキュメンタリーの中でこんな風に語っている。

「毎試合、『最高』を目指すのはとてもストレスが多いし、精神的に疲れるんだ。その部分がバルサにいる証ではあるけれど、それが存在しなければ、多くのことから解放されることを、ここ(日本)で気づいた」

 日本で、ヴィッセル神戸で、これまで以上にボールと戯れることを純粋に楽しんでいるイニエスタ。5月11日、この唯一無二のフットボーラーも36歳になった。一般的には引退が視野に入る年齢だ。それでも彼がフットボールを楽しみ続けるかぎり──それは永遠のようにも感じる──、まだまだ終幕の時は訪れないだろう。

文●吉田治良(スポーツライター)

【PHOTO】偉大なる三冠達成チーム19選!