「やべっちF.C.~日本サッカー応援宣言~」は、テレビ朝日で矢部浩之氏(ナインティナイン)の冠番組として2002年4月7日にスタートし、今年で19年目を迎えた。

 多くの番組がなくなったり、形を変えたりする中、「やべっちF.C.」はスタート当時と変わらないスタイルを貫き、数々のユニークな企画を披露し、多くのサッカーファンに刺激を与え、新しいファンを掘り起こしている。

 独自路線を走る「やべっちF.C.」の魅力と「これから」について、番組プロデューサーの中野達朗氏に話を聞いた。

――中野さんが、「やべっちF.C.」に関わったのはいつからだったのでしょうか。

「もともと僕は、文化工房という会社に入って’03年から’09年までスポーツニュースを作っていました。スポーツ新聞の記者さんのように日本代表やJリーグの試合、練習に行って、日々のニュースを取材して報道ステーションなどのニュース番組に流す仕事です。2009年6月の南アフリカW杯最終予選のオーストラリアに負けた試合(1-2)までニュースをやって、翌7月に『やべっちF.C.』の担当になりました」

フランクな雰囲気と骨太な企画。

――内示を受けた時は?

「うれしかったですね。もともと『やべっちF.C.』でもニュース映像を作っていたので、ちょこちょこ携わっていたんですよ。外から番組を見ているとサッカー番組としてすごくフランクな感じですけど、骨太の企画もあった。これからは自分の好きなこと、やりたいこと、例えば選手の密着取材とか、企画でより深掘りできるなって思いました。

 あと、ドイツW杯を始めW杯アジア最終予選などいろんな現場を経験させてもらったので、そういうのを活かして番組作りができることは、僕にはいいタイミングだと思いましたね」

うまくハマッた女性アナウンサーたち。

「やべっちF.C.」は、MCの矢部浩之氏を中心に、女性アナウンサーと男性アナウンサーのアシスタント、解説者で進行していく。目を引くのは女性アナウンサーのキャラクターだ。矢部氏と女性アナウンサーとの絡みが笑いと何とも言えないほのぼのした空気を生んでいる。

――女性アナウンサーの人選は、個性派重視なのですか?

「いや、面白さが出たのは偶然の産物ですね(笑)。前田(有紀)アナは天然で、竹内(由恵)アナはちょっといい感じで抜けている。それに矢部さんの突っ込みが、うまくハマッたという感じです。

 言い間違えて、ちゃんと言ってくださいとかあるんですけど、うまく矢部さんが拾ってくれて、ひとつの笑いになっている。そういう絶妙なイジリが番組の空気になっていったのかなと思います」

「矢部さん自身もパサーなので」

――スタジオでの雰囲気作りはけっこう気を使う感じですか?

「いや、そこまで考えていないですね。スタッフはテレビのフロアには10名ぐらいいるんですが、APさん(アシスタントプロデューサー)以外は全員男なんですよ。男子校の部活の延長みたいなノリで、気を使わず楽しくやれています」

――矢部さんの衣装は番組ロゴの入ったジャージですが、フットサルなど試合の時は10番のユニフォームです。

「僕が番組に関わるようになった時には、すでにジャージが定番になり、10番のユニフォームを着ていました。今は……ウエアは季節ごとに変わるんですが、スタイリストさんにお任せしていて、メーカーのウエアとかにワッペンをつけてもらっています。

 ユニフォームの10番は、矢部さんが番組の司令塔だからですね。矢部さん自身のプレースタイルもパサーで選手をうまく使うことに長けているので、10番が自然なんだと思います」

最大のヒット「デジっち」の誕生。

「やべっちF.C」の名物と言えば、数々の印象的な企画だろう。選手と鍋を囲んで語り合う「なべっちF.C.」、国内外の選手からリフティングの宿題を出される宿題シリーズ。そして最大のヒット企画は、選手やチームスタッフが自らカメラを回す「デジっち」。多くのファンに愛されるこれらの企画は、どのようにして誕生したのだろうか。

――名物企画は、どのようにして生まれてきたのですか。

「『デジっち』でいうと、春のキャンプ取材って各局が行くじゃないですか。でも、そこでできることって、解説者や女性アナウンサーを連れて行って選手にインタビューしたり、練習シーンを撮るとか、ほぼどこの局も一緒なんですよ。

 それである時、番組の企画会議で『これ以上のことができないのかな』という話になった時、放送作家から『なんで宿舎の中、撮れないんですか』って聞かれたんです。僕らの感覚でいうと『それはNGだからです』って感じじゃないですか。実際、そうでしたし。

 でも『じゃー関係者の人にカメラを持って撮影してもらったらいいじゃないですか』って言われたんです。『あっ確かに、それってやったことないよね』っていうのが『デジっち』の始まりですね」

企画としては反則気味、でも面白い。

――最初、どこのクラブが受けてくれたんですか。

「一番、最初に話をしたのが湘南の広報の遠藤(さちえ)さんだったんです。面白がって引き受けて、カメラを回してくれたんですよ。広報がカメラを回すところからスタートしたんですが、そのうち選手が選手を撮る方が距離が近いし、素の選手の表情が撮れていいんじゃないかという話になったんです。それで今のように選手にカメラを回してもらうようになりました」

――当時、中野さんは「デジっち」についてどう思っていたのですか。

「企画としては反則気味なので『本当にいいのかなぁ』って思っていたんですが、何よりも見たことがない映像が撮れているわけです。『これは面白い』、『いいね』ってスタッフ間では盛り上がりましたね。こちらが取材するのではなく、人任せですが、すごい企画になったなと(笑)」

今はちょっとした「ネタ見せ」に。

――最近は、かなり凝ったつくりになっています。

「そうですね(笑)。こちらが望んだ以上のものを見せてくれてありがたいんですが、それが最近、皆さんのプレッシャーになっている部分もあって……。今のようになるとはまったく想像していなくて、あくまでキャンプ中の選手の素顔を撮ってもらうのが最初の趣旨だったんですけど、今はネタ見せというか、テレビのファン感謝祭みたいになっていますよね。各チームがどれだけおもしろいファン感を見せるのか、みたいな」

――2013年にJリーグ公認の企画にもなったようですね。

「当時、Jリーグのチェアマンが大東(和美)さんだったんですけど、すごく評価していただきました。おもしろいことを見せると中心選手じゃなくても顔と名前を覚えてもらえるじゃないですか。『あのネタやっている選手だ』って覚えてもらって、新しいファンを作っていく。

 選手にとっては、ひとつのモチベーションになったでしょうし、各クラブや選手の露出が増えるのでJリーグにも共鳴してもらえたのかなと思います」

リフティングの宿題はガチ。

 個人的に楽しんで見ていたのが「宿題」である。国内外の選手がリフティングして、矢部氏が挑戦する企画だ。リフティングの妙技も驚きだが、その顔触れも実に多彩だ。ジダン、シャビ、メッシ、ネイマールなど世界の名だたる選手が登場し、自慢のテクニックを披露していた。

――宿題企画は、どのようにして生まれたのですか。

「矢部さんはリフティングが得意なので、選手にやってもらったものに挑戦して、クリアしてもらおうというのが始まりです。毎回マジでやっていましたし、練習していると本当にできるんですよ。

 でもどんどんレベルが高くなって、ネイマール選手や宇佐美(貴史)選手の内転筋を使うリフティングとか、何時間やってもできなかったりするのもありました。この宿題で特番を作れましたし、子どもから大人までトライしてくれるので、サッカーファンには楽しい企画だと思っています」

――海外選手のブッキングはどのようにしているのですか。

「昔でいうとメーカーさんのプロモーションのひとつとして協力していただき、選手にやってもらう感じでした。イベント会場の狭い場所でリフティングはちょうどよくて、ベッカムやジダンにお願いして撮らせてもらいました。彼らも普通のインタビューより面白がってやってくれるところがあったので、うまくハマりましたね。最近は、試合で日本に来た時、例えばドルトムントが来た時にはマルコ・ロイスにお願いしたり、チェルシーのアンバサダーとしてドログバが来た時にお願いしたりしました」

スゴかったのは乾、そしてロナウジーニョ。

――国際的なスター選手のリフティングはレベルが高い。

「いや、海外の選手は日本人ほどリフティングがうまくなかったりします。『あれっこんなもんか』ということがけっこうありましたね。正直にいうと日本人の方がうまいですし、中でも一番スゴイなと感じたのは、乾貴士選手。もう別格ですね。田中亜土夢選手も多彩なテクニックを見せてくれました。

 海外で言うとロナウジーニョですね。彼は神技というか、ちょっと飛び抜けていました(笑)」

 現地では海外選手は出たところ勝負のところがあり、機嫌が良くないとやってくれないこともあったという。それでも苦労して撮ったものが放送され、面白いと思ってもらえるのが中野氏の喜びであり、やりがいでもある。そうして、つづいてきた「やべっちF.C.」だが今、大きな転機を迎えつつある。

(「話が終わったらボールを蹴ろう」佐藤俊 = 文)