日本スケート連盟が公式ツイッターで実施した動画のリレー企画「#SkateForward明るい未来へ」。

 さまざまな競技の選手がそれぞれの思いを込めて、発信してきた。

 5月6日に登場したのは、羽生結弦だった。

 そして羽生による動画は、自身の歩みを通じての、強力なメッセージが込められていた。

答えは、自身の歩みを伝えることだった。

 その動画とは、どのようなものであったか。

 羽生のパートは3つに分かれていた。

「フィギュアスケーターの羽生結弦です。

 2011年3月11日から今までの、僕とプログラムたちの道のりです」

 3つの映像の冒頭、唯一の言葉とともに始まったのは、室内で、ジャージーで披露する数々のプログラムの断片だった。

 スタートは、『White Legend』。

 東日本大震災の翌月、神戸で開催されたチャリティーの場で滑ったプログラムだ。
続けて、それ以降の年代のプログラムが続く。

 その中から、あえていくつかあげれば、2012年の世界選手権で銅メダルを獲得した際のフリー『ロミオとジュリエット』、ソチ五輪シーズンのショート『パリの散歩道』、平昌五輪シーズンのショート『バラード第1番』、さらには『秋によせて』『Origin』……『SEIMEI』で締めくくり、「2011.3.11~2020.5.6」の字幕が表示された。

 連盟による企画に、どのような作品を作り上げればよいか、考えただろう。

 答えは、自身の歩みを伝えることだった。

いくつもの苦難に襲われて今日まで進んできた。

 今回、演じてみせたプログラムを観て、あらためて羽生のこれまでを思い起こす。

 字幕にその日付があるように、東日本大震災で被災し、それを乗り越えてスケーターとしてあらためてスタートを切った。

 その後、世界のトップを争うスケーターの1人になり、2つのオリンピックで金メダルを獲得。だが、苦難の連続と言ってもよかった。

 2014年の中国杯では6分間練習でのアクシデントに見舞われ、そのシーズンには手術に至る病にも見舞われた。

 平昌五輪のある2017-2018シーズンは、NHK杯の公式練習で怪我をし、オリンピックに出ることも危ぶまれるほどの重傷を負った。

 翌シーズンもロシア杯での公式練習で重傷、そこから世界選手権出場を果たした。

「漫画みたいで」

 本人も笑って言ったことがあるほど、いくつもの苦難に襲われて今日まで進んできた。

「真っ暗だからこそ見える光があると信じて」

 3本の動画は、あらためて羽生の足跡を思い起こさせたし、それらを乗り越えて今日があることを思わせた。

 オリンピックをはじめとする主だった成績を見れば、光に満ちた足取りかもしれない。

 でも、これまでのプログラムとそこからよみがえる足跡は、「真っ暗だからこそ見える光があると信じて」という先だっての羽生の言葉の通り、光を手探りで求めながら歩み、進んできた道であったことを伝えている。

 今、フィギュアスケート、いや、日本や世界が置かれている状況もそこに重なるだろう。困難は乗り越えられていないし、続いていく。それでも、その先に光があることを信じて進むことの大切さを伝えたい。

 そんなメッセージが込められているようだった。

自分を、自ら高みへ引き上げようと努めてきた。

 先に記したように、言葉は冒頭の挨拶にとどまり、あとは演じることに徹している。

 自分が演じてきたフィギュアスケートを通じて伝えたいという意思とともに、別の思いも湧き上がらせた。

 本来、羽生は、言葉の発信力も強いアスリートだ。言葉を用いながら、メッセージを伝えることもできただろう。

 それでも言葉を削り、これまでのプログラムそれぞれの断片を演じた。

 シンプルな部屋の一角で、ジャージー姿でのそれは、羽生が磨いてきた表現をも確かに感じさせたし、羽生が歩んできた道のりを雄弁に伝えていた。

 同時に、言葉がないことで、受け取る人それぞれに感じとる自由を生み出していた。スポーツ、あるいはスポーツを含む文化の良さもまた、そこに感じ取れた。

 今だからこそ、そうした力を必要とする人も存在する。誰もが、ではないかもしれなくても、きっといる。

 そして、3本の動画を見直して、あらためて思う。

 羽生が、いかに真摯に、フィギュアスケーターとして歩んできたかを。他者のふるまいを不必要に、過剰に意識して引きずり降ろそうとするのではなく、自分を、自ら高みへ引き上げようと努めてきたかを。

 積み重ねてきた事実のつまった映像は、さまざまなことを考えさせるメッセージとなっていた。

(「オリンピックへの道」松原孝臣 = 文)