忘れられない取材がある。

 今から約3年前の秋のこと。筆者は、有名選手へのインタビューに向けて少し緊張していた。元アーセナルのエマヌエル・エブエに話が聞ける機会を得ていたからだ。

 取材の機会は突然舞い込んだ。アーセナルの公認ファンクラブ『アーセナルジャパン』の15周年記念パーティーのために来日するため、サッカーダイジェストで取り上げて欲しいと依頼されたのだ。

 当時のエブエは、ちょうど日本でも話題になっていた。というのも、来日の約1か月前、キプロスの強豪アポロン・リマソルのメディカルチェックに合格したにもかかわらず、突如として入団を拒否されたというニュースが駆け巡っていたからだ。

“渦中の人”となっていた元コートジボワール代表DFと落ち合う場所は浅草だ。彼の来日をサポートしたコーディネーターさんと連絡を取りつつ、東京の一大名所とも言える浅草寺の「雷門」の前で待つことにした。

 そして、待ち合わせの時間から約5分過ぎた頃、前日にユニクロで購入したというダウンジャケットを着こんだエブエが現われた。

 かつてアーセナルで、あの名将アーセン・ヴェンゲルの薫陶を受けた名手と雷門の前で対面する――。なかなかないシチュエーションだが、「やるしかない」と決意し、いざ取材に挑もうとした。すると、エブエが「少しこの辺を見て回りたい」と言い出したのだ。

 時間も限られていると事前に聞いていたため、少なからず焦りはあったが、平静を装って、観光を了承した。そして、同行していたカメラマンにエブエの様子を撮ってもらいながら浅草寺を見て回った。

 20分くらい経った時だった。もう気が済んだのか、突然「さぁいつやる?」と切り出してきて、インタビューを始めることになった。場所は、駅前のファミレスだった。

 エブエのスケジュールがはっきりしていなかったため、前もって場所を抑えられず、近くのファミレスで行なうしかなかった。前代未聞のインタビューに、「こういう形で受けるのは初めてだよ」と皮肉られたのを覚えている。だが、豊富なメニューに目を凝らし、ビールをチョイスした姿を見て、なぜかホッとした気分になった。

 もう何が起きても驚かないような展開で始まったインタビューで、アーセン・ヴェンゲルやヴァヒド・ハリルホジッチといったこれまで師事してきた指揮官たちのことやワールドカップの思い出など、実に様々なことを聞いた。

 そんなインタビューの最中に気になったことがあった。滲み出る言葉がポジティブだったからだ。当時は無所属で、移籍先も決まっていなかった状況からは考えられないほど前向きさだったのだ。ゆえに思わず問いかけた。

「なぜそんなにポジティブなんですか?」
 ビールを一口飲んでから鋭い目線をこちらに向けたエブエは、「インタビューでそういうことを聞かれるのは初めてだね。良い質問だ」と話し、こう切り出した。

「今もそうだけど、諦めたらそこで終わりだろ。常にポジティブにいたいと思っているし、そうでなかったら僕は自分自身を殺すことになる。11歳の時に父を亡くしてから、常に人生は良い方向に向くと考えるようになった。人生は何が起きるかよりも、前向きに生きることが大事なんだ」

 世界屈指の競争力を誇るプレミアリーグの強豪アーセナルで、6年ものキャリアを培ったプロフェッショナルの“真髄”に触れた気がした――。

 あれから時は過ぎたが、いまもエブエに関する情報は自然と気はしている。だが、離婚で無一文になり家や財産を失ったことなど、目にするのは良くないニュースばかりだ。あの時、「全てを神の手に委ねている」と笑顔で語っていた36歳は、今どこで何をしているだろうか。

文●羽澄凜太郎(サッカーダイジェストWeb編集部)