昨年11月19日のことだった。この頃、湘南ベルマーレは崖っぷちにあった。リーグは6連敗中。順位は16位。自動降格圏となる17位の松本山雅FCとは勝点1差と残留争い、待ったなし。さらに台風19号により馬入グラウンドが冠水。そのため、明日どこで練習が行なわれるのか、分からない、まさに三重苦にあった。

 そんななか、10月に就任した浮嶋敏監督は、湘南スタイルに再び息吹を吹き込もうとしていた。

 この日、全体練習は横浜市で実施。冷たい風のもと、練習開始。途中、選手がランニングをしていた、その時だった。

「やってんだろう!」

 怒声がピッチに響いた。声の主はMF齊藤未月だ。

 下部組織出身の齊藤は各世代別代表に選ばれ、延期となった東京五輪に出場するU-23日本代表の有力候補のひとり。湘南では16年にデビュー以来、J1・J2通算80試合出場。豊富な運動量を生かし、攻守の要として躍動する俊英だ。

 その齊藤がFW指宿洋史に掴みかかったのだ。振り払う指宿に齊藤は何度も食って掛かった。幸い、大ゲンカにはならなかったが、冷静沈着なイメージのある齊藤のむき出しの怒りに驚くとともに、芳しくないチーム状況が浮き彫りとなった。次節32節の相手が首位・FC東京戦とあって、チームがピリつくのも無理はなかった。



 練習後に開かれた浮嶋監督の囲み取材では、やはり齊藤の話になった。チーム一丸となるべき時期での諍い。齊藤は練習後、コーチと芝に腰を下ろし、15分ほど、膝詰めで話していた。その流れから、指揮官からは齊藤に反省を促す発言があると思っていた。

「緊張感かどうかは分かりませんが、どうも血の気の多い選手がいて……(齊藤は)中3の時、練習中にチームメイトと取っ組み合いのケンカをしていましたから」

 苦笑いの指揮官は懐かしそうに話した。そして続けた。
「ただ、そういう気持ちの強い部分をプレーで表現できるからこそ、プロになれた。あの気持ちの強さは変わっておらず、(諍いは)トレーニングから手を抜いていない証拠だと思う」。下部組織の時から見ている浮嶋監督ならではの愛情ある言葉だ。




 ひとつ気になることがあった。気持ちを乗せてプレーすることは齊藤にとってどういうことなのか?その答えをシーズン開幕直前、ことしの2月中旬、直接、尋ねた。

 指揮官の言葉を引用しながら、質問を始めたが、その前に、そもそも齊藤はなぜ、あの時、指宿に突っかかってしまったのか?
「あの時はストレスだった。ケガで離れていて、チームも勝てず、自分に対して不満があって、他人に当たったこともあった。その気持ちをあの時、イブくん(指宿)が抑えてくれた」

 焦り。悔しさ。不甲斐なさ。歯がゆさ。あの諍いは、齊藤の気持ちを理解した指宿が受け止めようとしたことが分かる。

 では、気持ちを乗せてプレーすることとは何か? 齊藤は「本能」と答えた。
「悔しさとか……サッカーで起きたことは、サッカーでしか返すことはできない。それは昔からサッカーをやってきているので特別に意識していることではない」

 ただし、「本能」によってプレーするとはいえ、浮嶋監督が触れたようにプレーを見る限りは、怒りや悔しさに任せ、ただただ自分勝手にプレーしているようには見えない。



「でも、できるようになったのはホントに最近のこと。まだまだできていないけど、以前に比べれば、できるようになった。怒りのままにプレーしても良いことはなかったので、周りを見て、考えながらプレーするようになった。なぜ抑制してできるようになったのか?それはシンプルに経験から覚えたから」

 思いを乗せてプレーするのは本能――。

 馬入で、BMWスタジアムで、そして五輪の舞台で。自分の思い、誰かの思いをプレーに乗せ、齊藤未月が躍動する。

取材・文●佐藤亮太