柔道男子日本代表監督でシドニー五輪100キロ級金メダリストの井上康生氏(41)が6日、YouTubeのライブ配信に出演。男子60キロ級五輪3連覇の野村忠宏氏(45)のチャンネル上で、シドニー五輪100キロ超級銀メダリストの篠原信一氏(47)とオンライン鼎談(ていだん)を行い、井上氏が現役時代憧れだった篠原氏に対して「幻滅した」というエピソードを明かした。

 高校時代から日本代表入りした井上氏にとって「一番強いと思った。目標にしていた」という選手が、6学年先輩で、98~00年まで体重無差別の全日本選手権で3連覇していた篠原氏だった。初対戦の1998年大会決勝は何もさせてもらえず一本負け。2000年大会決勝でも敗れた。

 シドニー五輪翌年の01年大会決勝で3度目の対戦を果たし、背負い投げなど果敢に攻め続けた井上氏が旗判定により初勝利。悲願の全日本初制覇も果たしたが、「残り30秒まで自分が優勢で焦ったのか、篠原さんが発した言葉が『内股掛けてこい』だったんですよね。幻滅した」と笑いながら暴露した。

 伏線は高校時代からあった。当時大学生の篠原氏と初めて練習で対戦した際、得意技である内股を何度も繰り出したものの、歯が立たなかったという。篠原氏は「すごい内股をするやつが宮崎にいると聞いていた。(井上氏は)超高校級で、初めて練習したときから強かった」と振り返り、「内股を10回、20回と掛けさせて全部内股透かしをしてた。それで内股透かしを覚えた。それは盛ったけど(笑)」と、後にシドニー五輪決勝の“世紀の誤審”で敗れる際に放つことにもなる因縁の技を決めまくっていたと述懐した。

 井上氏も「普通、試合で使うような技を練習でそんなに出さない」と、当時手の内を隠さなかった篠原氏の“男気”を感じていたというが、最後の最後で試合中に「内股を掛けてこい」と“揺動作戦”を仕掛けられたことで憧れの感情が崩れ去った様子。結局、その手には乗らず優勝したが、「表彰式でも『何で内股を掛けてこうへんねや』と言われた」と笑いながら懐古した。

 篠原氏は「これが勝負師。『お前が勝ちたければこれ(内股)で投げてみろ』と」と弁明したものの、聞いていた野村氏は思わず「シドニー五輪の『弱いから負けた』(篠原氏が決勝で敗れた後に言った名言)がクソに思えてくる」とつっこみを入れた。

 新型コロナウイルスの影響で東京五輪が1年後の来夏に延期となり、現在、柔道選手は原則自宅待機での練習自粛が続いている。

 篠原氏は「選手は1年延びて、さらに強くなれると思ってやってもらいたい」とエールを送り、男子代表監督を務める井上氏は「やれることは限られているが、やれることを一つ一つコツコツとやっていくしかない。来年五輪が開催されて良かったなと思ってもらえるような大会になるようにしていきたい。目標を持った上で日々を送り、みんなで力を合わせながら戦っていきたい」と決意を語った。