2019年度(2019年4月1日~2020年3月31日)、NumberWebで人気を集めたベスト記事セレクションを発表します。
 第7位はこちら!(初公開日:2019年8月6日)

 契約不履行? 損害賠償? 一体、何の?

 クリスティアーノ・ロナウドとユベントスへの損害賠償訴訟騒ぎについて、イタリアは驚くほど冷淡だ。

 極東アジアでの喧騒がまったく嘘のように、近所のバールでも記者同士の軽口でもまったく話題に上らない。歯牙にもかけない、とはこのことだろう。

「信じがたい。彼らは本気でこんなことをやっているのか?」

 トリノの同業者に、韓国の弁護士事務所が4カ国語でクリロナとユーベを糾弾する動画メッセージを見せたところ、彼は心底呆れかえっていた。

 Kリーグ選抜との親善試合が行われてから1週間強が過ぎた。セリエA開幕を控えるC・ロナウドとユベントスにとって、アジアツアーはもう完全に過去の話なのである。

トレード交渉ネタ一色。

 先月26日にソウルで行われたKリーグ選抜との親善試合翌日こそ、イタリアの新聞各紙は結果とマッチレポート、サッリ監督のコメントを掲載したものの、それ以降に韓国で沸き起こった抗議と謝罪と損害賠償を求める動きについて報じる動きは皆無に等しいと言っていい。

 新聞でもTVでも、スポーツ枠でのユベントス関連情報はまずトップ扱いだが、この週末の話題はFWディバラとFWルカク(マンチェスター・U)のトレード交渉ネタ一色だった。

 ユーベがアジアツアーを終えて帰国した27日以降、若手有望株だったFWケアンのエバートン放出や8月10日に控えるA・マドリーとのテストマッチに向けた動向など現地メディアには無視できないネタやイベントが目白押しだった。

 29日にマドリードに飛び『マルカ』紙の表彰を受けたC・ロナウドが「CL制覇に足りないものはない」と新シーズンへの抱負を語れば、8月に入ってDF J・カンセロとDFダニーロ(マンチェスター・C)とのトレード交渉が過熱する、といった按配で息つく暇もない。

誰も興味すら持っていない。

 6月のW杯で活躍したユベントス女子部門のMFボナンセアが契約延長したというニュースですら、4×10cm大の小さな囲み記事になったというのに、ソウルで主催者が観客への釈明に追われ、Kリーグ会長がユベントスに抗議の書簡を出し、警察が詐欺容疑の告訴状を受け取っても、『ガゼッタ・デッロ・スポルト』ではたった1行にもならなかった。

 誇張でも何でもなく、イタリアでは韓国での騒動に誰も興味すら持っていないし、報道のニーズもないのだ。

 ただし、各メディアとも紙幅に制限のないネット版では(もちろん移籍市場動向といった優先ネタよりずっと細々とした扱いだが)、この騒動をフォローしている。

 内容はソウル発の報道をほぼなぞったものだから特筆しないが、それらの記事に寄せられたコメントには、異口同音ながら必ず共通したコメントがあった。

「主審モレノ」と「誤審」。

「2002年を忘れるものか」

 17年前の夏以来、「韓国」と聞いて日韓ワールドカップを思い出さないイタリア人はいない。理不尽で忌々しい屈辱的敗戦の記憶は「主審モレノ」、「誤審」という呪詛の言葉とともに、今も決して治らない古傷のように心のひだにこびりついている。

 あのときの無念と悔しさは忘れようがない。

 今回の親善試合でKリーグ選抜の3点目を決めたオーストラリア人FWアダム・タガート(水原三星)が「ユベントスとやるよりKリーグでやる方が正直きつい。ここじゃボールをもったらすぐ3人から囲まれるからね」と“韓国アゲ”発言をしたところ、やはりイタリアのファンは辛辣な反応を示した。

「この暑い時期に、テストマッチでユーベが真剣に走るわけないだろ」

「こいつ一体何様だ? 韓国でプレーしている時点でレベルは知れてるがな」

「若手主体のユーベにも勝ちきれなかったのに何言ってやがる」

怒りのほとぼりが冷めるのを待っている?

 私企業であるユベントスは一時の感情を押し殺して、日々の業務へ邁進することができる。世界一の選手であり続けるという壮大な目標を持つC・ロナウドも然り。

 だが、彼の国に対するイタリアのサッカーファンひとりひとりの心情は、やはりクラブやバロンドール受賞者のそれとはちがっているのだ。

 トリノの老舗有力紙『ラ・スタンパ』の番記者にお膝元の反応を聞いてみた。

 ジャンルカ・オッデニーノ記者はバカンスが終わったことを嘆きながら「今回の騒動を知ってはいるけど、イタリアのメディアにとってあまりニュースバリューはないね」と冷静に説いた。

「親善試合をめぐって謝罪だの違約金だの前代未聞だよ。一応動きは追っているが、損害賠償請求とやらは試合を観に来たファンの怒りの矛先を逸らすための、主催者とKリーグによるカモフラージュだろうと私は見ている。主催者は“悪いのはロナウドとユベントスです”、“私たちも被害者なんです”と言うことで怒りのほとぼりが冷めるのを待っているんだろう」

契約内容を外部に漏らすのはタブー。

 問題の焦点となっている“C・ロナウドの45分間出場義務”についても、彼と意見交換してみた。契約書に書かれてある、という特記条項については、本当に書かれているのかどうかは契約を交わした当事者以外誰にもわからない。

 本来、契約内容は機密事項で外部に漏らすことはタブーだ。ユベントス側に漏らすメリットはないし、主催者が契約内容を表沙汰にしたこと自体、重大なビジネスマナー違反にあたる。怒るとしたらユーベ側の方だ。

 アジア遠征は欧州ビッグクラブの集金ツアーと揶揄されることもあるが、彼らにとっては尊重すべきビジネスであるからこそ「指名選手の出場時間」や「ファンサービス参加」については厳格に「付帯条件」が取り決められていたはずだ。

ユーベは粛々とできうる限りのことをした。

 試合後の会見で、サッリ監督が「チームドクターとロナウド本人と話し合って欠場を決めた」と語った通り、ユベントスは粛々とできうる限りのことをした。

「抗議文書を送ってきたKリーグ会長へ(ユーベの)アニェッリ会長が毅然と反論した書簡は本物だ。(入手したロイター通信に)私が確認した。ユベントス側に落ち度はない」

 シンガポールと南京、上海、そしてソウルを巡ったユベントスのアジアツアーは大成功に終わった。3会場で計16万7000人の観客を集め、平均満席率は過去最高の97%を記録。上海に設置した「ユベントス・ビレッジ」にも数千人が詰め掛け、アウェー用ユニフォームのワールドプレミアに熱狂した。

 少なくとも、ユーベはC・ロナウドという大事な看板商品をプロテクトしながら、アジア市場で好感度を上昇させ、高収益を上げるという当初の狙いを十分に達成した。

 ユベントスは正真正銘のプロ集団だ。

 法務部と顧問弁護士には世界的スーパーエリートが揃っている。彼らは訴訟をちらつかせたぐらいで、いちいちビビるような弱腰ではない。

 C・ロナウドもユベントスも、欧州制覇という大願の前に後ろを見ている暇はないのだ。

(「セリエA ダイレクト・レポート」弓削高志 = 文)