チョコレートプロレス、略してチョコプロは3月28日にスタートしたばかりの新団体である。

 創設者は女子団体『我闘雲舞(ガトームーブ)』の代表さくらえみ。同団体の常設会場である市ヶ谷チョコレート広場を舞台に、試合はYouTubeで配信される。観客を入れての“興行”というスタイルは最初から取っていない。

 いわゆる無観客試合だが、さくら曰く「いえ、お客さんはいるんです。カメラの向こうに」。会場に選手とスタッフしかいないのは「チョコプロとしてはそれが通常の状態」だからだ。

「チョコプロは“大会の中継”ではなく“中継のための大会”なんですよ。舞台と映画の違いに近いかもしれないです」

 確かに、舞台演劇の中継と映画はまったく違うものだ。映画のことを、わざわざ“無観客演劇”と言ったりはしない。チョコプロも同じ。ただ試合を流すのではなく“カメラに向けた表現”が徹底されているから新鮮で刺激的だ。試合にカメラマンが巻き込まれて“POV(主観映像)アクション”のようになることもある。

 我闘雲舞の無観客配信バージョンではなく、配信特化型の新しいフォーマット。それに必要なものだから、別の団体名をつけた。そこには「新しいものが誕生するワクワク感」も込められているとさくら。

プロレスの「キラキラした部分」を求めて。

 彼女はキャリアの大半を“新しいもの”作りに費やしてきた。小学生レスラーをデビューさせて波紋を呼んだこともある。その1人が、昨年アメリカの新興メジャー団体AEWの初代女子王者となった里歩だ。

 アイスリボン時代はプロレスを題材にした映画のキャストを本物の選手に育て、またチョコプロの先駆けとも言えるUSTREAM配信団体『19時女子プロレス』を旗揚げ。我闘雲舞はもともとタイをベースに活動し、タイ人レスラーを輩出した。近年は「誰でも女子プロレス」(ダレジョ)を設立している。これはプロレスの技を学ぶ女性向け練習会。ここからデビューした選手もいるのだが、あくまで目的は体を動かすことであってレスラーになることではない。だから観客を入れてのダレジョのイベントは試合ではなく「練習を見せるショー」(さくら)として開催された。

 次々と新しいアイディアを打ち出すさくらは「なんとかプロレス界で生き残っていこうと思ってやってきただけなんです」と言う。そのためなら形式にはこだわらない。

「その中でも特にキラキラした部分を残していきたい。歌やダンスの世界、他のスポーツ、いろんなジャンルに、何かを表現して輝きたいという女の子がいて、プロレスももちろんそうです。今も17歳だった時の自分、輝きたかったプロレス少女が私の中にいます」

女子プロレスに多様性をもたらした先駆者。

 もっとたくさんの人にプロレスを見てほしいし、もっとたくさんの女性にプロレスラーになってほしい。そのためにハードルを下げ、間口を広げる。現在の女子プロレス界は“超人”だけの世界ではなくなった。社会人経験を経て30代でデビューする選手もいれば、芸能界から挑戦する者も。そういう多様性のある業界を作った先駆者がさくらなのだ。

 DDT社長の高木三四郎は「女子プロ界を今みたいにした“戦犯”ですよ、あの人は」と笑う。「今みたいにした」とは当然「今みたいに面白くした」という意味でもある。

 市ヶ谷チョコレート広場での試合はリングではなくマット(だけ)の上で行なわれる。ロープはなく、コーナーポストからのダイブもできないが、選手たちは会場の窓枠から飛んだり、相手を壁に叩きつけたりと独自のファイトスタイルを編み出していった。

オファーを受けた鈴木の度量と挑戦。

 チョコプロの旗揚げ戦には、大物中の大物である鈴木みのるが参戦して話題になった。海外でもビッグネームの鈴木だけにインパクトは充分すぎるほど。「1カ月試合がなくて、人を殴りたくて仕方なかった」から出場したと言う鈴木と対戦したのは、インドからの留学生レスラーであるバリヤン・アッキ。セコンドについた我闘雲舞の女子選手と鈴木が乱闘を繰り広げる場面もあった。

 我闘雲舞みんなで鈴木に挑んだわけだが、鈴木もまた“極小空間でのマットプロレス”にチャレンジしていたと言えるだろう。さくら曰く「このオファーを受けてくれたこと自体が鈴木さんの凄さの証明だと思います」。

 スリーパーホールドでアッキを下した鈴木は、再戦を求められると「それには強くなるしかないよ。強くなってのし上がったらまたやれる。東京ドームでもどこでもな」。自分と同じ指の負傷を抱える帯広さやかにはテーピングのアドバイスもした。その光景すべてが生中継された。

「カメラに写っていないものは存在していないのと同じ。それがチョコプロなんです」

 そう説明してくれたのもさくらだ。メディアの取材がないからバックステージコメントもない。言いたいことがあったら中継のカメラに向かって言う。

チョコプロは「小さいままで大きくなる」。

 大会を重ね、改善するうちに運営に関わる人数は減っていった。

 カメラは1つだけ。しかもカメラマン兼実況は出場選手が交代で担当する。レフェリー、リングアナも選手の役目だ。

 そうしたことから生まれる親密感もチョコプロの魅力と言っていい。レギュラー参戦しているアントーニオ本多の、英語と日本語と分かる人には分かるギャグをミックスした実況は、早くもチョコプロ名物になっている。

「コアメンバーは私と(駿河)メイ、アッキの3人。小さい会場で少人数でやっても、YouTubeで世界中の人に見てもらえる。この形なら“小さいままで大きくなる”ことができそうだなと思ってます」

 世界にアピールし、ビジネスとしては大きくしていきながら親密感を保つ。自分たちでコントロールできないほどの大所帯にはしない。チョコプロはそういう試みでもある。

ライバルはヒカキンやはじめしゃちょー?

 4月25日の大会は、朝10時からのスタートだった。より正確に言うと「21:00 EDT(東部夏時間の21時)」だ。アメリカのファンが金曜夜にリアルタイムで見るための配信だったのである。

「視聴者の比率を見ると、約半分が海外のファンなんです。アメリカのファンは、いつも朝方に見てスーパーチャット(ネットによる投げ銭)もしてくれる。そういう人たちに“いつもありがとう”という気持ちでこの時間にやってみました。あとは“アメリカのシェアも取りに行くぞ”と」

 気持ちとしては団体設立という以上に“Webエンターテインメントへの新規参入”だ。そうなるとライバルは他のプロレス団体よりもヒカキンやはじめしゃちょーですかと聞いてみると、さくらは言った。

「あ、そうかもしれないです。でもYouTube界ではまだ超底辺なので(笑)。まずは(大会を配信している)我闘雲舞チャンネルに登録してもらうところから」

 今しかできない苦肉の策ではなく、もっと大きな時代の要請の中で「プロレスラーとしての新しい仕事を創っているつもりです」とさくら。チケット収入にも登録課金制にも頼らないビジネスモデルを軌道に乗せたいという思いも強い。

「誰でも無料で見られるプロレス。考えてみたら昔のテレビ中継と同じですよね。お金がある時もない時もプロレスに寄り添ってほしい。世界中どこにいてもプロレスを楽しんでほしい。そのためのチョコプロなので」

 いずれ我闘雲舞の興行が再開できる日がきても、チョコプロは続けていくつもりだ。さくらは今年8月でデビュー25周年を迎える。その記念試合も、チョコプロで配信する予定だという。

(「濃度・オブ・ザ・リング」橋本宗洋 = 文)