『Sports Graphic Number』は創刊1000号を迎えました。それを記念してNumberWebでも執筆ライター陣に「私にとっての1番」を挙げてもらう企画を掲載しています! 今回はJリーグを広く取材する原山裕平氏による2008年J1最終節、ジェフユナイテッド千葉の「フクアリの奇跡」です。

 長友佑都のミドルが決まった時、フクダ電子アリーナは絶望的な空気に包みこまれた。勝たなければいけない状況下で、2点のビハインドを負ったのだ。残された時間は40分にも満たない。愛するクラブの勝利を信じて叫び続ける黄色のユニホームを着たサポーターたちは、その時、受け入れがたい現実を覚悟したはずだった。

 それは、サポーターだけの想いではなかったかもしれない。出番に備え、アップを続けていたキャプテンの下村東美さえも、戦況を見守りながらすでに涙を堪えきれないでいたからだ。

 2008年12月6日、ジェフユナイテッド千葉は絶体絶命のピンチに陥っていた。J1リーグ最終節を前に、順位は降格圏の17位。残留ラインの15位のジュビロ磐田とは勝点2差で、16位の東京ヴェルディにも2ポイント差をつけられていた。残留のためにはFC東京と対戦する最終節で勝点3を得たうえで、磐田と東京Vの敗戦を願うほかなかった。

オシムの遺産を食いつぶしていた。

 もっとも、この苦しい状況は予期できたものだった。この年の千葉は、開幕前から崩壊の危機に立たされていたからだ。

 佐藤勇人をはじめ、山岸智、羽生直剛、水野晃樹、水本裕貴と主力が次々に移籍。イビチャ・オシム監督の下で躍動した“チルドレン”たちが流出した千葉は、オシムの遺産を食いつぶし、まるで別のチームとなっていた。

 ヨジップ・クゼ監督の下で活路を見出したかったが、主力流出のダメージはあまりにも大きかった。開幕11戦未勝利(2分9敗)と目も当てられぬ成績で、クロアチア人指揮官は早々にチームを去った。

 後任に就いたのは、アレックス・ミラー監督だった。スコットランド出身の新たな指揮官は、10シーズンに渡って名門リバプールのコーチを務め、2005年にはチャンピオンズリーグ制覇にも貢献している。輝かしいキャリアを備えるこの新監督に、千葉の再建は託されたのだ。

ミラー新監督になって5連勝も。

 厳格な指揮官の下で、千葉は息を吹き返したように見えた。5連勝を達成するなど着実に勝点を積み上げ、一時は降格圏から脱出。しかし、シーズン終盤に再び失速し、土俵際まで追い込まれたのである。

 必然の失速、と思えた。ミラー監督のサッカーは、リスクを徹底的に排除したものだった。

 守備を固め、攻撃はロングボール一辺倒。質実剛健なイングランドスタイルと言えなくもなかったが、エースの巻誠一郎の頭をめがけて長いボールを蹴り込むサッカーからは、まるで得点の匂いを感じることができなかった。奇跡が起こる気配など、まるでなかった。

 しかし、この時の千葉には、諦めない者だけが手にすることができる幸運があった。

 時を戻せば1週間前。千葉は巻の奮闘むなしく、清水エスパルスに2-3と敗れている。そのまま降格となる可能性もあったが、他会場で残留のライバルである磐田と東京Vも敗戦。最終節にわずかな望みをつないでいた。 

「本当だったら、あそこで僕らは死んでいた」

 巻は後に、そう語っている。

谷澤をベンチに置くギャンブル。

 一度は死んだ身。彼らに失うものはなかった。それは、指揮官も同じだっただろう。最終節のスタメンから、これまでレギュラーだった下村と谷澤達也、そして守護神の岡本昌弘を外すギャンブルに打って出たのだ。

 この開き直りが、結果的に奏功する。とりわけ谷澤をベンチに置いたことが大きかった。このスキルフルなアタッカーこそが、奇跡のシナリオのメインキャストとなるからだった。

 0-2とされた56分、千葉はミシェウに代えて新居辰基を投入。63分には深井正樹を下げ、谷澤をピッチに送り込んだ。すると74分、谷澤のロングフィードに抜け出した新居が、絶妙なトラップから左足を一閃。強烈な一撃をFC東京ゴールに突き刺した。

FC東京も勝点3が欲しかった。

 この1点で、フクアリの空気が完全に変わったのを覚えている。黒々とした雲の隙間から、一筋の光が差し込み、絶望は希望へと変わった。何かが起こりそうな予感が、確かにあの時にはあった。

 その3分後、巻のポストプレーを受けた谷澤が豪快に右足を振り抜き、同点ゴールをマークする。ただし、引き分けでも降格が決まる千葉にとっては、もう1点がどうしても必要だった。

 ここで、もうひとつの幸運が浮かび上がる。それは対戦相手がFC東京だったこと。翌年のACL出場権を得るために、彼らも勝点3が必要だったのだ。

 勝つしかないのは相手も同じ。この状況が、千葉にとってはおあつらえ向きだった。リスクを負って前に出てくる相手に、得意のカウンターをお見舞いする。80分、エリア内で倒されたレイナウドが、自らPKを蹴り込み逆転に成功すると、85分にはスルーパスに抜け出した谷澤が独走して4点目をマーク。得点の匂いがまるで感じられなかった千葉が、新居のゴールからわずか11分間で4ゴールを奪ったのだ。

 まさに、奇跡の11分間だった。

目を真っ赤にして語った巻の言葉。

 同時刻に行われていた磐田と東京Vはともに敗れ、勝点3を積み上げた千葉は15位に浮上。誰もが予想もつかない劇的なシナリオを描き、フクアリの熱狂は最高潮に達した。

「甘くないだろうとは想像していたけど、それをはるかに超える厳しさだった」

 試合後、巻は目を真っ赤にさせながら、苦しかったシーズンを振り返っている。

「点を取らなくちゃいけないプレッシャーもあったし、シーズン終盤はあと勝点いくつ取らなければいけないとか、寝る前にそういうことばかりを考えていた。家族にも迷惑をかけたと思う。でも、そのプレッシャーから逃げちゃいけないと思っていた」

あの時以来、フクアリには……。

 共に栄光を掴んだ仲間たちが次々に移籍するなか残留を決断したストライカーは、重圧に押しつぶされそうになりながらもがむしゃらに走り、文字通り身体を張り続けた。千葉のために闘い続けたこの男こそが、「フクアリの奇跡」の主人公だった。

 しかし、あの時以来、フクアリには本当の意味での歓喜は訪れていない。

 せっかく残留したにもかかわらず、翌年に千葉はJ2に降格。以来、10年に渡ってJ1の舞台に戻れずにいる。フクアリの時間は、あの日以来、止まったままだ。フクアリに再び奇跡が舞い降りる日は、果たしてやってくるだろうか。

(「JリーグPRESS」原山裕平 = 文)