Jリーグ元年の1993年、双方とも細かいミスが目に付いたとはいえ、単純に面白い試合があった。それが、12月12日に国立競技場で開催されたトヨタカップ、サンパウロ対ミランの一戦だ。

 トヨタカップはクラブ世界一決定戦のこと(現行のクラブワールドカップ)で、当時は欧州チャンピオン(チャンピオンズ・リーグの覇者)と南米王者(リベルタドーレスカップの覇者)の間で争われていた。日本で“世界を体感”できる大会で、国立競技場には5万2275人の大観衆が詰めかけていた。

 その7~8割はミラン・ファンだったと記憶している。当時のミランは世界最高峰と言っても過言ではないクラブで、マルディーニ、アルベルティ―二、コスタクルタ、バレージ、パパンなどスター揃い。92-93シーズンのチャンピオンズ・リーグを制したマルセイユが八百長事件でトヨタカップの出場権を失い、そのマルセイユにチャンピオンズ・リーグ決勝で敗れたミランにその出場権が回ってきたわけだが、それでも十分に魅力的なチームで、そんなミランの勝利を疑うファンはいなかったように思えた。

 国立競技場のファンの比率だけで言えば、ミランが主人公で、サンパウロが脇役。しかし、19分に先制したのはサンパウロ。大きなサイドチェンジでの揺さぶりから最後はFWのパリーニャが右足で蹴り込んだ先制弾で、試合は面白くなった。

 前半たった1本のシュートでリードを奪ったサンパウロは、名将テレ・サンターナの下で躍動。ミランにあえてボールを持たせる戦術がはまり、とりわけ速攻に冴えを見せていた。

 マッサーロのゴールで1-1になったあともサンパウロは怯まない。59分、テンポのよいパスワーク、サイド攻撃からトニーニョ・セレーゾが押し込み、再び突き放すのだ。

 そして、ここから俄然試合はスリリングな展開になる。1-2で迎えた81分にミランがパパンのゴールで2-2とすれば、その5分後にサンパウロがトニーニョ・セレーゾのスルーパスに反応したミューレルの”かかとシュート“で決めたゴールで三度リードを奪うのだ。典型的な点の取り合い、それもクラブ世界一決定戦の舞台で。時間が経つにつれて、ミランのファン、サンパウロのファンに関係なく、スタジアムにいる全員がこの攻防戦に心を奪われていた。

 終わってみれば、主人公はサンパウロだった。当時のメンバーを見てみると、10番をつけていたのはのちに鹿島に加入するあのレオナルド、右SBはブラジル代表のカフー、パリーニャに代わって途中出場したのはジュニーニョ・パウリスタ(のちにミドルスブラやアトレティコ・マドリ―に在籍)と、こちらもスター揃いだったのだ。


 見逃せないのは、5つのゴールすべてがファンタスティックだったこと。先制点は、大きなサイドチェンジをきっかけに右サイドの深い位置からカフーがダイレクトで折り返したクロスが一級品だったところ、ミランの同点弾はサンパウロのゴール前にポーンと高く上がったボールをスライディング気味のシュートで蹴り込んだマッサーロの技術が一流だったところが素晴らしかった。

 サンパウロの2点目で特筆すべきは、レオナルドのプレー。パリーニャから左に展開されたボールを、相手のタイミングを外してグッと縦にドリブルで持ち込む技術は見事のひと言である。パリーニャのパスを受ける瞬間の動作、そこからのスピード、ドリブルしたあとのクロスすべてがワールドクラスだった。

 ミランの2点目も極上品。ドナドーニが軽いタッチでエリア内に蹴り込んだボールに反応したマッサーロがバックヘッドでゴール正面に流すと、パパンがこれまたヘッドで叩き込む。練習でも滅多にお目にかかれない最高のコンビネーションを、この舞台で披露してしまうあたりにとてつもない凄さも感じた。

 そして、サンパウロの決勝点。ミューレルがかかとでプッシュしたシュートは確かにラッキーだったが、ミランの守備網を一瞬にして切り裂いたトニーニョ・セレーゾのスルーパスはこのベテランならではの妙技だった。蹴るタイミング、コース、パスの質のいずれもが完璧だった。

 天才サビチェビッチが遠征不参加のミランはベストメンバーを組めなかった。とはいえ、それでトヨタカップ連覇を果たしたサンパウロの偉業が色褪せるわけではない。

 と同時に、試合後、こんなことを思ったのも記憶している。「Jリーグなんて見てられるか」。世界のサッカーと比べればJリーグなどまだまだマイナーリーグ。それを改めて理解させてくれた一戦でもあった。

文●白鳥和洋(サッカーダイジェスト編集部)
【PHOTO】美人すぎる女子サッカー選手、仲田歩夢の厳選ショットをお届け!