私のナンバー1。

 Number1000号「ナンバー1の条件。」にちなんだ記事の依頼を受けて何を書こうかなとずっと考えていたら3週間も経ってしまった。

 テーマがなかなか見つからず、外出しての取材もできないため「何か書くヒントがないかな」とふとスポーツ番組を探ってみる。

 WOWOWのボクシング番組「エキサイトマッチ」は現在、試合が開催されていないため一人のボクサーを特集する企画が多い。その日は“ボンバーレフト”こと元WBC世界スーパーフェザー級王者・三浦隆司編だった。

 激戦のオンパレード。どの試合も手に汗握って観ていた記憶がよみがえる。

 ああ、これだ、これを書きたい。あのナンバー1のボディーブローを――。

「地獄」がそこにあった。

 3年前、まさに「エキサイトマッチ」を通じて目撃した一発。観ているこっちまで思わず顔をしかめてお腹を押さえてしまったほど衝撃を受けたシーンを思い出した。

 ボディーは地獄の苦しみ。

 ボクシングの世界でよく使われる言葉である。「地獄」がそこにあった。

 2017年1月28日、米国カリフォルニア州インディオ。

 フランシスコ・バルガスにベルトを奪われた前王者の三浦は次期挑戦者決定戦として同級2位・ミゲル・ローマンと対戦した。バルガスとミゲール・ベルチェルトのタイトルマッチの前座で行なわれた。

 試合展開をざっくりと説明すれば、試合序盤から中盤にかけてはローマンのペース。

 三浦は手数の多いメキシカンの攻撃に手を焼き、プレスもうまく掛からずに強打を封じられてしまう。爆発の兆候すら生み出せない。

左ボディーフックがどてっぱらを叩いた。

 流れが変わったのは7回。ローマンのペースが落ち、三浦がようやく反撃に出る。8、9回は明らかに三浦のラウンドだと言えた。

 10回だった。

 三浦が攻め、ローマンがしのぐ。チャンスなのは間違いない。だがボンバーレフトが火を噴きそうで噴かない。もどかしい。時計は残り10秒。

 両ガードを高く上げるローマン。逆に両手をぶらりと下げてにじりよる三浦。

 その刹那、大きく振りかぶった左ボディーフックがローマンのどてっぱらを叩いた。

 ドゴッ。

 滅多にお目に掛かることのできないレベルのボディーブローだ。

崩れ落ち、苦しそうにキャンバスを転がる。

 悶絶。その言葉のごとく。

 ローマンはうずくまるように崩れ落ち、苦しそうにキャンバスを転がる。どれほどの威力だったかがよく分かる。

 残り時間が少なかったことで逃げ切られてしまったが、回復できるダメージではないことは明らかだ。

 ボディーブローで気力も体力も一気に吸い取ることに成功した三浦は11回にもダウンを追加。最終12回に決着をつけ、逆転KOを成し遂げた。

 ハラハラドキドキのボンバー劇場、ここに極まれり。

 三浦にこのシーンを振り返ってもらったことがある。

「映像で見ると分かりにくいですけど、一瞬、体のフェイントを入れてローマンも上(顔面)にパンチが来ると思ったんじゃないですかね。それまでガンガン上を狙っていたんで、うまく引っ掛かったというか。

 あのボディーは相当練習しました。どれだけ強いパンチを、ボディーに入れられるかを。サンドバッグで打ってきたパンチがそのまま当たった感じでした。狙ってはいないけど、ここだって思いました。だからまぐれではないんです」

「心にあったのは“どこかで決めてやろう”」

 9回までのジャッジの採点は不利。だが焦りなく、集中が途切れることなく「まぐれではない」ボディーブローに結びつけている。日本ではなく、何よりこれを本場アメリカで成したことに意義がある。

「相手のペースで進んでいましたけど、やばいなっていう気持ちはなかった。心にあったのは“どこかで決めてやろう”それだけでした」

 会場にいたファンも、MIURAがこのまま終わりだとは思っていなかったはずだ。彼も「激しい試合をするって思われていたので、その期待というのも何となく感じてはいました」と語っている。

2015年の年間最高試合賞に。

 それもそうだろう。

 三浦の激闘っぷりはアメリカで高く評価されていた。

 ベルトを失った2015年11月21日、ラスベガスでのバルガス戦。ミゲール・コットとサウル“カネロ”アルバレスのビッグマッチの前座にラインアップされ、メーンを食ってしまうほどのファイトを展開した。

 初回に強烈な右を食らってピンチに陥りながらも4回にはボンバーレフトをさく裂させてダウンを奪う。手に汗握るシーソーゲーム。

 9回に集中打を浴びてキャンバスに転がったが、立ち上がってきたその気骨には大きな声援が送られた。

 結局レフェリーストップとなってしまったものの、この試合の反響は大きく、全米ボクシング記者協会、米スポーツ専門誌スポーツイラストレイテッド(電子版)、スポーツ専門局ESPNが2015年の年間最高試合賞に選んでいる。

まだ何かある。また何かが起こる。

 会場に漂う期待感が、あのえげつないボディーブローを呼び込んだとも言えやしないか。

いつも同じメンタルトレーニングの本を読む。

 普段は温厚な彼だが、試合になると一変する。

 入場シーンで既に“怖すぎる目”で、リングをニラミつけている。一度間近で見たことがあるが、こっちに目は向いていないのにびびって足がすくんだ。

 いわゆるゾーン(極度の集中)。

 彼はこの状態を呼び込むために1週間前から、いつも同じメンタルトレーニングの本を読むことにしている。試合当日に読み終えたところで完了だ。

 日本チャンピオン時代からのルーティンで、1冊目も読みこんでボロボロになった。このローマン戦でもアメリカに同じ本を持ち込み、試合になるとゾーンのスイッチが自然と入った。

 好きなフレーズがあるという。

「自分が思う最高のこと、最悪のこと。現実に起こり得るのは、その間なんだ、と。凄く気持ちが楽になるんです。そう考えると最悪のことは考えなくていいってなるじゃないですか。上を見るのはいいけど、下を見る必要はないなって」

 劣勢だろうが、いつか決めてやる。

 狙うのではなく、「ここだ」とビビッとときに爆発できるように――。

間違いなく、ボクシング人生のベストパンチ。

 ローマンに勝って世界再挑戦の切符をもぎ取ることができた。

 だがこの半年後、ベルチェルトに判定負けで返り咲きを果たすことはできなかった。それからわずか12日後にSNS上で引退を表明している。

 WOWOWの特集を観てから、地元・秋田で指導者として次の人生を歩んでいる彼に後日、連絡を入れた。

「間違いなく、あのボディーが僕のボクシング人生のベストパンチですね」

 迷うことなく、彼はそう言い切った。

 スペクタクルな展開と、スペシャルな一発が重なり合った奇跡のシーン。

 そこには三浦隆司というボクサーのすべてが詰まっていた。

(「ボクシングPRESS」二宮寿朗 = 文)