2019年のルヴァンカップ決勝は壮絶な打ち合いとなった。顔を揃えたのはともに大会初優勝を狙う川崎と札幌。互いに攻撃的なスタイルを貫き、意地と意地をぶつけあったゲームは計6ゴールを奪い合い、PK戦までもつれ込むまさに死闘だった。最後に大会MVPに選出されるGK新井章太の好セーブで川崎に軍配があったが、札幌の勇敢な戦いぶりも評価されて然るべきものだった。

 これまで4度、決勝で涙を飲んできた川崎にとっては悲願の大会初制覇だ。120分、そしてPK戦の裏では選手たちの様々な想いが交錯していた。

 120分を終えてスコアは3-3。決着がつかず、もつれ込んだPK戦で、ヒーローになったのは所属7年目(今季、千葉に移籍)、控えGKとして短くない時間を過ごした“魂の守護神”新井章太だった。

 PK戦は両チームとも3人目まで成功。しかし、川崎の4人目、車屋紳太郎が放ったキックはクロスバーに嫌われてしまう。続く札幌の4人目、ルーカス・フェルナンデスはゴール右に成功。川崎の5人目、家長昭博は冷静に成功させたが、次のキックを決められれば札幌の優勝が決まる絶体絶命の状況。しかし、周りの声が耳に届かないほど新井は集中し切っていた。

「実を言うと、5人目のキッカーと対峙する直前まで、『これ5本目か。決められたら負けじゃん』と置かれた状況に気付いていなかったんです。それほど一人ひとりのキッカーとの勝負に集中していて、相手の蹴る方向を読むことだけを考えていた」
 プロとしてPK戦を守るのは初の経験。それでも後から考えれば、あれがゾーンに入った感覚だったのだろう。

「いつも以上にボールが見えていて身体が予想以上に動いた」

 札幌の5人目、石川直樹の動きを最後の瞬間まで見極める。蹴る直前、相手の足が開いたのが分かった。その瞬間、右方向へ思い切ってジャンプ。見事なセーブでチームの窮地を救うと、長谷川竜也が決めて迎えた相手の6人目、進藤亮佑のキックは一度、左に動きかけながら我慢して、右へ飛ぶ。見事にボールをキャッチして歓喜の瞬間を迎えた。

「自分は(2012年に東京Vを退団して)フロンターレに拾ってもらった身。少しでも恩返しできて良かった」

 ウイニングボールを抱えた男は「直前まで見ていたラグビーワールドカップの影響」と、駆け寄るチームメイトを抜き去りながら豪快なトライで喜びを表現。大会MVPに選ばれた守護神の活躍あってこその優勝だった。

 盟友、新井の活躍を誰よりも喜んだエースの小林悠も、戴冠に大きく貢献した。

 男の脳裏には2年前の光景がこびりついていた。2017年、リーグ戦では好調をキープし、川崎有利と目されて臨んだC大阪とのルヴァンカップ決勝。しかし、試合開始直後に失点を喫すると、1トップで先発した小林も最後まで本来の力を示せずに0-2で敗れた。かつて川崎でコンビを組み、この試合ではC大阪に先制点をもたらした杉本健勇らが歓喜する姿を、ただ呆然と見守るしかなかった。

 あれからチームはリーグ連覇を達成し、頂点に立つ喜びを覚えた。それでもカップ戦の優勝経験はなし。愛するクラブを頂点に導きたいという想いは誰よりも強かった。

 しかし、大一番を前にしてアクシデントに見舞われる。練習試合で右足首を痛めてしまったのだ。「どうしてこんな時に…」ショックは隠しきれなかった。

 それでもエース、そしてキャプテンとしての意地がある。翌日から練習に参加しながら足首の回復を目指し、出席した前日会見では「練習自体は出られているのでまったく問題ありません」と怪我の影響をキッパリ否定。

 ただし、札幌との一戦に向けたスターティングメンバーに名前は記されず、ベンチからのスタート。「そりゃ悔しかったです。やっぱりスタートからいきたかった」と本心を語るも、「右足首のことがなくとも(レギュラーを争うレアンドロ・)ダミアンが先発かなだと思った」と自らの出番を冷静に待った。
 ピッチに立てば、ゴールを決められる自信はある。73分、名前が呼ばれると「ヒーローになることしか考えていなかった」。「自分が点をとるから大丈夫」と周囲に語りかけていたという。

 そして1-1で迎えた88分にそれは実際のものとなる。得意とする相手最終ラインとの駆け引きから、「完璧だった」という大島僚太からの浮き球のパスを受けると、相手GKとの1対1を制したのだ。スタジアムのボールテージが一気に増した瞬間、スタンドに向けて大きく咆哮する小林の姿があった。

 それはまさにストライカーとしての意地を誇示するかの如く、猛々しく、ここまでの鬱憤を開放するかのような叫び声だった。

 そして小林は延長戦にもつれたゲームで再びチームを救うことになる。試合は後半終了直前に札幌に2-2の同点に追い付かれ、延長戦に入ると、96分にはCBの谷口彰悟がVAR判定で退場を命じられ、そのプレーで喫したFKを決められる。10人で1点のビハインド。

 この時点で札幌の勝利を予想した人は多かったのではないか。それでも109分、中村憲剛の蹴ったCKをファーで山村和也が折り返すと、オフサイドラインギリギリで待っていたのが小林だった。チームを窮地から助け出す値千金の同点弾。

 そしてPK戦の末に――、セレモニーを終えたピッチには新井と勝利の美酒の味を噛みしめる小林の姿があった。


 札幌との決勝戦、誰よりも忘れられない試合となったのは、川崎の守備の要・谷口彰悟なのかもしれない。

 2-2で迎えた延長戦の96分、その瞬間は訪れた。自陣ゴール前で、札幌のアタッカー、チャナティップがドリブルで仕掛けてくる。その突破を谷口がペナルティエリアに入る前、間一髪のところで阻止した。しかし、甲高いホイッスルが鳴る。谷口のディフェンスがファウルを取られ、FKの判定となったのだ。

 プレーの正当性を説明するなか、信じられない出来事が続く。一連のプレーがVAR判定の対象となり、決定機の阻止として一発退場を命じられたのだ。

「難しい判定だったとは思いますが、納得できなかった」

 頭のなかには憤りと焦りの感情が駆け巡ったのだろう。常に冷静な男が一瞬、戸惑うような姿を見せた。しかし、ここからが谷口らしい対応だった。

「言いたいことは一杯ありましたが、どこかで覆らないなという考えも浮かびました。それでベンチを見たら監督がボードをいじっている。フォーメーションや配置などを変えるために指示が必要だと思ったんです」
 すると谷口は近くにいた登里享平に伝令係を頼み、自らは審判に判定の理由を訊きながら、ベンチから指示が届くまでの時間を作った。

 この一連の行動は、ある反省が活きていた。それは2度の警告でプロ人生初の退場になった同年のリーグ22節の名古屋戦の経験である。

「あの時は退場を命じられてから、ピッチから出るのが早かった感覚があったんです」

 その想いが行動として表われた。その後、谷口はロッカールームへ。しかし、直後のFKを札幌に決められ、勝ち越しを許してしまう。悔しさを抑えながらモニターでチームメイトの奮闘を見守った。

「(車屋)紳太郎がPKを外した時はもうやばいと思いましたよ」

 幼少期からともに熊本で過ごした後輩のPK失敗の瞬間には敗戦を覚悟したという。それでも前述のように新井の活躍もあってチームは見事に勝利。

 試合後には谷口は温かくチームメイトに迎えられた。

「語弊があるかもしれないけど」。

 そう前置きしたうえで、札幌との決勝戦を「楽しかった」と振り返る。

 チームとしては4度目の決勝の舞台。ただスターティングメンバーに、中村の名前はなかった。大一番を前にしたトレーニングで「そういうことなんだろうな」とベンチスタートは覚悟していたという。しかし、「逆に落ち着けたのかも」と述懐する司令塔は、64分、1-1の状況でピッチへ送り出された。

 背番号14の登場に呼応するかのようにゲームの流れはより激しさを増す。88分には同じく途中出場の小林悠が勝ち越し弾を決めるも、後半アディショナルタイムには、CKから札幌に同点に追い付かれた。

 そして延長前半には、チャナティップのドリブル突破を自陣ゴール前で止めたCB谷口彰悟がVAR判定によって一発退場を命じられたのだ。そしてこのプレーで与えたFKを決められてしまう。
 10人で1点のビハインド。危機的状況に鬼木達監督はボランチの大島僚太を下げて、攻撃的SBのマギーニョを投入。大島に代わってチームの舵を握ったのが中村だった。

「自分の匙加減ですべてが決まる。最近はそういうコントロールは僚太に任せていたけど、相当にやり甲斐があった。ピッチ上の情報をすべて取り込んで、プレーをしていた。だから不謹慎と言われるかもしれないけど、サッカーの楽しさを改めて感じていた」

 109分には中村のCKから小林の同点弾が生まれる。ただなによりも光ったのが、この男の真骨頂といえるチームの操舵術であり、10人になった川崎を陰で支え続けたのは紛れもなく背番号14だった。

 その後のPK戦では3人目のキッカーを任され、見事に成功。「これまでの想いが凝縮されていた」というゲームを制し、満面の笑みでトロフィーを掲げた。

 過去の大一番とは異なる生き生きとした姿。川崎の象徴が力を発揮したからこそ訪れた歓喜――もしかしたら初優勝の理由はそう説明できるのかもしれない。

 1週間後のリーグ戦では左膝に重傷を負い、長期離脱を強いられるまさかの事態に見舞われた。それでも、これまで数々の苦難を乗り越えてきた男は、前を向く。

「この歳でこの怪我をする人はいないと思うので、戻れる姿を見せられるようやっていきたい。意味があるんだろうなと思います。この年齢で、この立場で怪我をしたことに意味があるんだろうなと。逆にこの怪我を乗り越えた時に、サッカー人生で経験することをほぼ“コンプリート”しているんだろうなと。そうやってポジティブに考えたい」

 川崎のレジェンドの完全復活の瞬間には、ルヴァンカップの歓喜の優勝と同じように、新たなドラマが待っているのだろう。

取材・文●本田健介(サッカーダイジェスト編集部)