半世紀の時を超え、縁再び--。前回東京五輪(1964年)開会式で、ハンガリー選手団を先導した姶良市の川井田一郎さん(75)が先月、市内在住のハンガリー人、サンディー・ユハスさん(38)と初対面した。歓談の中で、当時知り合った選手団の男性に会いたいと伝えると、サンディーさんの尽力で今月、男性が健在と分かった。川井田さんは連絡を取り合える日を心待ちにしている。

 同市出身の川井田さんは高校卒業後、防衛大学校に進学。その2年の時、東京五輪の式典で各国選手団の先導役を同校生が担うことになり、参加した90を超える国・地域のうちのハンガリー担当に選ばれたという。

 一方、サンディーさんは結婚を機に同市に移住。日本とハンガリーの外交関係開設150周年だった昨年、日本語の古本を集め、母国に無償で送るプロジェクトを企画し、約2万冊の寄贈を成功させた。

 2人をつないだのが、鹿児島工業高等専門学校(霧島市)の堤隆教授(58)。川井田さんが同校学生寮の舎監だった数年前、寮生が発行した文芸誌に東京五輪の体験記を寄稿していたのがきっかけ。サンディーさんの活躍も知り、間を取り持ったという。