獣神サンダー・ライガーがWWEの殿堂入りを果たした。4月24日は獣神サンダー・ライガーがリアルな世界で初めて戦った日、つまりデビュー戦の日である。その記念すべき日から4日連続で、知られざる『ライガー伝説』を綴った短期集中連載をお送りする。第2回のテーマは「ハンパないイタズラ小僧・ライガーの逸話」。

「ライガーをサーカスの猛獣たちのオリに閉じ込めるつもりです。ライオンや虎の脇のオリだったら最高でしょう!」

 モスクワの街を散歩しているとき、突然、橋本真也がこんなことを言ってきた。

 獣神サンダー・ライガーを猛獣たちのオリに入れて鍵閉めて帰っちゃおう、というものだ。とんでもないいたずらである。

 1989年の暮れ、新日本プロレスはペレストロイカ時代のソ連・モスクワで試合をした。試合はモスクワ五輪のメイン会場ルージニキ・スタジアムに隣接する約1万人を収容するスポーツアリーナで行われたが、その3日前の夜、レスラーたちは公式行事の1つとしてボリショイ・サーカスに招待されていた。

 もちろん、猛獣がいない空っぽのオリではあるのだが、橋本らしい突飛な計画だった。「そんな馬鹿な? どうせ口だけでしょう?」と皆さんは思われるかもしれないが、橋本は氷点下10度のモスクワの街で平気で裸になる男である--当然、本気だったと思う。

 バルコニーの特別席からサーカスを見ていたライガーはそんな橋本のいたずらプランを知る由もなかった……。

 このいたずら計画、結局、橋本にはそのチャンスが訪れず、実行に移されることはなかった。

 公式行事には内務省関係者も同行していて、バスでの移動も警察車両が先導していたから、橋本もさすがにマズいと思ったのかもしれない。

 こうして橋本が計画した、ライガーのサーカスのオリ監禁計画は未遂に終わった。

砂浜に埋められるのは定番のいたずらではあるが……。

 1991年の春、沖縄の名城ビーチで休日に焼肉大会をした時のことだ。

 レスラー30人くらいと記者たちが参加して、沖縄にあった「アントン牧場」で育った牛を1頭丸ごと食べるというイベントだった。アントニオ猪木や長州力、武藤敬司、蝶野正洋、馳浩らもいた。合わせて50人くらいだったが、さすがに1頭は食べられなかった。でも、かなり食べた。うまい肉だった。

 焼肉にもビールにも飽きて、ボートに乗ったりして遊んでいたが……突然ライガーたちが猛然と砂浜を掘り始めた。穴は大きくかなり深い。

 この時のいたずらの生贄は、まだデビューして3カ月の山本広吉(天山)らだった。

いつも……橋本真也がいたずらの首謀者だった。

 山本は覚悟したようにも嬉しそうに見える感じで、さっさと穴に入っていった。体に大量の砂がかぶせられていく……。

 さすがに顔は出ているが、タテに深く身動きができない。山本は長州らに口紅でハワイアン調に化粧を施されて、海藻のウィッグまで頭に乗せられた。

 ここから山本の宴会芸である“ヨウジ刺し(自分で額にどんどん楊枝を刺していく過激な芸!)”が始まった。刺しつ刺されつ……って、どんな過激な宴会芸なんだよ! と今の時代の人たちは思われるでしょう。元はと言えば先輩に促されてやった芸らしいのだが、結局、ちゃっかりと自分の宴会芸にしてしまったのが山本だった。この過激な宴会芸、天山に改名してからもしばらく続けていたと思うが……。

 とはいえそんな酷い状態のまま、海岸に置き去りにはされなかった。解散前に掘り起こされた山本は、さすがにホッとした表情を見せていたのを覚えている。

 この日はいなかったが、この手のいたずらの首謀者の大方は橋本だった。

 そして、そのほとんどの企てにライガーが絡んでいた。いつもライガーは、いたずらの「実行犯」こそ強く否定するが、煽った事実とかかわりを否定することまではできないはずだ。

部屋の中に無数のセミが~~!

 小島聡はセミが大嫌いだった。

 夏のある日、小島が留守の間に橋本とライガーは、アブラゼミを大量に捕まえて来た。そして100匹近いセミを小島の部屋に放って、小島の帰りを待ち、そのリアクションを楽しんだという(これは聞いた話なのでセミの数は定かではない。200匹説もあるが……それは話の盛り過ぎだろう。アブラゼミとはいえ200匹を取るのは大変だろうから)。

 さらにひどいいたずらの1つは、柔道の絞め技の効果を使ったものだった。これは相手を即座に気絶させてしまうという過激なものだった。これを、道場で相手構わずにやってたらしい。この技は、実は船木優治(現・船木誠勝)が得意としたもので、後に遠征先イギリスのオールスター・レスリングの試合開始前のパフォーマンスとして客にもやっていたもので、筆者も目撃した時はひどく驚いた。

 リング上に用意したイスに「オレは大丈夫だ」という自信満々の観客を座らせ、それを船木がいとも簡単に指先ひとつで眠らせてしまう、というものだった(おそらく頸動脈を押さえているのだろうが……)。現地プロモーターからのたってのリクエストという余興だったそうだが、目覚めた当人が客席から笑いを浴びながらリングを降りていくのは可哀想に見えたものだ。

 こういう手ひどい悪さ伝説は数限りないが、今さら団体に抗議が殺到するといけないので……このくらいにしておこう。

ゴジラのフィギュアと食虫植物。

 ライガーの趣味には、いたずら以外は、意外と孤独で静かなものだ。

 例えば……ゴジラなどの怪獣フィギュア作りがその1つ。

 せっせとウレタンを削って、一心不乱に張り付けていく。その見事な仕上がり具合いには、プロ並みの几帳面さでこだわっているという。

 現在の新日本プロレスの道場・合宿所は改築されて明るく広くなったが、ライガーの寝る畳のスペースは、いまだに自ら作ったゴジラたち怪獣フィギュアによって大幅に浸食されている……(ライガーは夢の中で、ゴジラとどう過ごしているのだろうか? きっと戦っているに違いない)。

 もう1つの趣味が食虫植物の栽培。

 小学生の時は園芸クラブだったというライガーだが、中でもなぜか食虫植物に興味を持ってしまったらしく、いまだに大量に育てている。

 そして、メキシコ時代を思い出すかのように、たまに釣りにも出かける日々なのだそうだ。

(「プロレス写真記者の眼」原悦生 = 文)