それは、特別な光景だった。

 2011年4月24日、ロシア・モスクワでフィギュアスケートの世界選手権が開幕した。

 当初、予定されていた日時と場所ではなかった。 

 このシーズンは3月21日から27日にかけて、東京・代々木競技場第一体育館で開催されることになっていた。

 一転したのは3月11日のことだった。東日本大震災により、14日、一度は中止が発表された。

 16日、日本スケート連盟の橋本聖子会長(当時)が国際スケート連盟の意向も受け、9月ないしは10月前半に日本で開催する方針を表明した。

 ただ、やはり翌シーズン初頭に行うことには、選手の年間スケジュール、会場探しなどさまざまな点で無理があり、4月24日からロシア・モスクワで代替開催することとなった。

「世界中のみんなが心配してくれているんだ」

 日本から出場したのは、高橋大輔、織田信成、小塚崇彦。安藤美姫、浅田真央、村上佳菜子。ペアは高橋成美、マーヴィン・トラン。アイスダンスはキャシー・リード、クリス・リードであった。

 常とは異なる世界選手権であるのを印象付けたのは、オープニングセレモニーだった。

 さまざまな選手の映像が流れ、ファンファーレが場内に響く。

 ライトアップされたリンクに、投影された日の丸が浮かび上がる。映像は桜、海、さらに地球や青空に変化する。

 再び日の丸が浮かび上がると、様々な民族衣装を着たスケーターたちが囲んだ。

 その情景に、小塚は心に浮かんだ思いを、こう言葉にした。

「世界中のみんなが心配してくれているんだ。自分も、被災した方々への気持ちをこめて滑りたい」

「自分に自分で責任を持つ」ことをテーマに。

 小塚に限らない。選手それぞれに思いを抱く中、好演技を見せたのは、その小塚だった。

「自分に自分で責任を持つ」ことをテーマに取り組んできたシーズンで、グランプリファイナル3位、全日本選手権初優勝など着実に成長のあとを見せて臨んだ世界選手権。

 ショートプログラム6位でフリーを迎えると、フリーでは4回転トウループをクリーンに決めるなどパーフェクトな演技を披露する。

 結果、優勝したパトリック・チャンに次ぐ2位、世界選手権で初めて表彰台に上がった。

「4年前より、重たいメダルだと思います」

 女子で輝きを見せたのは安藤だった。

 ショート2位で発進すると、フリーではコンビネーションジャンプのトリプルトウループが2回転になるなどはしたが、全体に落ち着きがあり、印象的な滑りを見せる。

 このシーズン、グランプリシリーズは2大会ともに優勝、全日本選手権優勝、四大陸選手権では初の200点超えを達成。安定の中に着実な進化を見せた1年であったことをあらためて証明するかのようだった。

 結果、2007年以来2度目の金メダルを手にした。

「日本の人たちへの思いを抱えて、最初からメダルが欲しいと思って滑りました。4年前より、重たいメダルだと思います」

 安藤の存在感をさらに際立たせたのは、エキシビションだった。1曲目に続き、アンコールで披露したのは『レクイエム』。前シーズンのショートとエキシビションで使用していた、幼少期に亡くした父への思いを込めたプログラムだ。

 アンコールであるがゆえに1曲目の白の衣装のまま滑った『レクイエム』は、前シーズンの黒をベースとした衣装での滑りとは異なる思いが込められているようだった。それは鎮魂のようだった。

「ロシアの人だけじゃなく、みんな、優しかったです」

 ……エキシビションがフィナーレを迎える。大会は終わろうとしている。

 オープニングセレモニーの特別な光景にあったあたたかさは、最後まで続いていた。

 フィナーレが始まり、最初にリンクに姿を見せた安藤に続き、高橋と小塚が登場する。日本の3選手の周囲を、ロシアの選手たちが手をつないで囲む。リンクの上には日の丸が浮かび上がっていた。

 期間中、顔を合わせれば、海外の選手や関係者から日本の選手や関係者に声がかけられた。

「ロシアの人も、ロシアの人だけじゃなく、みんな、優しかったです」

 高橋をはじめ、選手たちはそのあたたかさをかみしめた。

 代替開催が決まり、時間がない中で作り上げた、日本への贈り物だった。

「ほんとうに選手みんな、仲いいですよね」

 2019-2020シーズンもまた、世界選手権は中止となった。ただ、代替開催はされない。

 2011年と今日とでは、状況は大きく異なる。日本に大きな被害が出たあのときと、世界規模の災厄に見舞われた現在とでは。

 春のアイスショーも次々に中止、延期となった。世界中の多くのスケーターが練習すらままならなくなっている。

 それでも、2011年をふと思い出す。

 そして国内外のスケーターたちの、結びつきを思う。他競技の選手からの、「フィギュアスケートって、ほんとうに選手みんな、仲いいですよね」という言葉も思い出す。

 2011年は、日本に向けてあたたかなまなざしが贈られた。

 今は、選手それぞれにやれることをやりながら、過ごしている。そして互いを思う気持ちは、きっと再びスタートを切るときの力になるだろう。

(「フィギュアスケートPRESS」松原孝臣 = 文)