この3月、4月はさまざまな団体が無観客試合を行なってきたが、とうとう会場非公開の大会が出てきた。

 4月17日の『Road to ONE 02』。アジア各国でビッグイベントを開催するONE Championshipのスピンオフ的イベントだ。もともと都内のイベントホールで開催予定だったが別のライブハウスに変更となり、日程も変わった。そうこうしているうちに緊急事態宣言だ。さらに会場が変わって、その場所は非公開とされた。会場への心ないクレームは回避しなければいけない。

「ABEMA(AbemaTV)」で生中継されたこの大会は、基本的に“取材不可”でもあった。媒体には試合後、オフィシャルの写真が提供されている。場内の人数をできるだけ減らすための措置だった。

格闘技会場の「ソーシャルディスタンス」

 筆者はそんな大会を、運よく“現場取材”することができた。ABEMA関連の媒体で仕事をしているため、オフィシャルライター的な立場で入場を許可されたのだ。大会前、ABEMAスタッフから会場の住所を教えられ「移動は電車ではなくタクシーでお願いします。領収書を忘れずに」と念を押された。駅や電車内での不要な接触を避けてほしいという配慮だ。

 それ以外にも、この大会の“感染対策”は徹底していた。中継スタッフは最小限。場内の消毒に加え、ケージサイドの運営スタッフとカメラマンは防護服着用である。選手控室には、別の建物の会議室が使われた。試合が終わったら選手は随時帰宅。普段のように会場に残って仲間の試合を見ることができない。おかげで場内のソーシャルディスタンスは上々だった。

 とはいえ格闘技の試合である。選手同士はどうしても“濃厚接触”が避けられない。検温をはじめとする体調チェックを入念に実施しても、批判する者は批判するだろう。にもかかわらず、なぜ大会を開催したのか。いくつもの代替会場候補を下見し、感染対策に費用をかけてまで緊急事態宣言下で格闘技の試合を行なう必要はあったのか。もちろん主催者側は「ある」として開催に踏み切った。

大会を“コロナ時代”のモデルケースに。

 理由の1つは、選手に試合の機会を作ることだ。今は我慢の時だと誰もが分かってはいるが、試合ができるのであればそれにこしたことはない。

 試合から遠ざかれば実戦の勘が鈍るし、ファイトマネーを稼ぐこともできない。今大会のセミファイナルでONEに初出場したキックボクサーの緑川創は「この時期に試合ができたのは素直にありがたいです。僕はふだん2、3カ月に1回のペースで試合をしているので」と語っている。

 またABEMAには、今後の格闘技のあり方を模索し、モデルケースを作ろうという狙いもあったようだ。

 よく言われるように、緊急事態宣言の期限が来たら新型コロナ禍が終息すると約束されているわけではない。さらに長期化する可能性も充分にある。感染拡大のピークが去っても、人類と新型コロナウィルスがうまく“付き合って”いくような世界も考えなくてはいけないだろう。

 そうなった時に、格闘技やプロレスや、いやそれに限らずスポーツやエンターテインメント・イベントはどうすれば開催できるのか。どういう形なら無観客試合が成立するのか。そうしたことを探っていくのは、確かに重要なのだ。

 国からの休業補償は不可欠だが、それでアスリートやアーティストの“競い合うこと”“表現すること”への思いが長く抑えられるものなのか。誰も断言はできない。

「マイク(アピール)でごまかした(笑)」

『Road to ONE 02』のメインは、元ONE王者・青木真也と強豪柔術家・世羅智茂のグラップリングマッチだった。青木が上、世羅が下から攻めようとするものの決定的な場面はなく、10分時間切れで判定なしの引き分けに。

 試合後、世羅が「負けない試合」をしたと指摘した青木だが、自身もまた余計なリスクは避けたと語っている。

 曰く「ちゃんと格闘技やってるってことでしょう」。相手に隙を見せてまでアグレッシブに闘うという選択肢は、この男にはない。だから強いのだ。

 それでも、自分が大会を背負っているという自覚はある。不完全燃焼の引き分けでも大会を締めなくてはという責任感が青木に生じた。結果「マイク(アピール)でごまかした(笑)」と青木。

試合後の“問題発言”の意図とは?

 試合後、マイクを握った青木はこう言い放った。

「いつ死んだっていいんだよ俺! いつやめたっていいんだよ格闘技! 死にたくねえ、負けたくねえんだったらずっと家にいろよ! テレビの前に座ってるお前らよく聞けよ。死にたくねえ、負けたくねえんだったら試合しなきゃいいし、家にいればいい。Stay Homeってずっと書き込んでろ! でもな、でもな、でもな! 生きるってそういうことじゃねえだろ。日々、嫌なことと闘って、クソみてえな世の中を生きてくんだ! 生きるっていうのは家の中にいることじゃねえ!」

 誰がどう見ても“問題発言”だ。はっきりと間違っている部分さえある。青木は「いつ死んだっていい」というが、Stay Homeが大事なのは「うつして(殺して)しまうかもしれない」からでもあるのだ。

 ただこのマイクは「ごまかし」だ。言い換えると確信犯の逆張り、「まあ引き分けか……」で大会(番組)を終わらせないための言葉だ。「顰蹙は金を払ってでも買え」というわけで、無風よりは炎上のほうがいいと青木は考えたのだろう。

試合も大会運営も“リスクとの闘い”

 青木と世羅はリスクを避けながらギリギリのところでせめぎ合っていた。それは「感染リスク」と向き合う大会そのもののようでもあった。筆者は青木の言葉すべてに賛同はしない。ただ“炎上上等”のマイクの意図が“みんなと同じなら安心か? もっと自分で考えようぜ”であることは分かる。

「表面には触らないようにしてください」

 大会が終わると、場内では“防護服の脱ぎ方”レクチャーが始まった。それから消毒スプレーを浴びる。

 こんな形の大会がいつまで続くか分からない。何が正解かも分からない。ただ正解が分からないからといって考えることをやめてはいけないのだろうと、消毒液で指の間をこすりながら思った。

 

(「濃度・オブ・ザ・リング」橋本宗洋 = 文)