「私を取材してください
 この想いを話したいですわ。
 うずうずですねん」

 プロレスラーの安納サオリがツイッターにそう書いたのは、3月26日のことだった。この日、安納が主戦場としている団体、OZアカデミーの後楽園ホール大会(4月11日)が開催中止となった。「レスラーとしても人間としても憧れ」である尾崎魔弓と初のシングルマッチを行なうはずだった大会だ。

 新型コロナウィルスはすべての団体・選手の活動に影響をもたらしたが、安納の“ダメージ”は特に大きかったかもしれない。昨年末に所属のアクトレスガールズを離れ、フリーになった。2月から試合を再開し、さあここからという時に“自粛要請”だ。3月の試合は予定の半分に減ったという。フリー1年目、顔と名前を売らなければいけない大事な時期に、予想もつかない邪魔が入ってしまった。

 ツイッターを見てすぐにコンタクトを取り、スケジュールを合わせてインタビューしたのは4月6日、月曜日だった。緊急事態宣言の直前だ。

 この週、多くの団体が長期間の大会中止・延期を発表している。

「“プロレスのない私ってなんなんだろう”って」

 実際に会って話すと「もう気持ちを切り替えました」と安納は言った。「私、得意技が“切り替え”なんです(笑)」。

 とはいえ、不安や戸惑いが完全に消えたわけではない。

「試合がなくなったのは、やっぱりショックですけどね。試合から離れることへの恐怖はあります。“プロレスのない私ってなんなんだろう”って」

 安納は18歳で故郷の滋賀から役者を目指して上京した。

 うまくいかずに「やさぐれていた」こともあったが、そこでスカウトされたのが“女優によるプロレス団体”というコンセプトのアクトレスガールズだった。

「見られるのが好き」な安納にとって、リングという表現の場はとてつもなく刺激的だった。

「こうなる前から、普段は引きこもり(笑)」

「360度、全部の方向から見られるのは気持ちよすぎますね(笑)。お客さんの反応もすぐに返ってくるし、たくさんの人が自分の名前を呼んで応援してくれるのも嬉しい。それにプロレスは“主役”が1人じゃないんですよ。リングに上がったら全員が“私が主役”と思ってる。実際に内容しだいで、前座でもその日の主役になれますから」

 今はそんな大好きな場所を失った状態だ。

「こうなる前から、普段は引きこもり(笑)」な彼女は、人に見てもらわないと「“安納サオリ”になれない」と言う。

「私はコスチュームを着て、試合用のメイクをしてリングに上がることで“安納サオリ”になるんですよ。今はスイッチが入っていない状態。それが続くのは怖いですね。“安納サオリ”としての感覚が鈍るんじゃないかって。試合ができない、ファンのみんなと会えない。これは病みますよ(笑)。でも今、自分の一番の仕事は家にいること、健康でいることですもんね。それが周りのためにもなる。病んでばかりもいられないから、とにかく“安納サオリ”のことを考え続けてます」

 彼女はプロレスラーとしての自分を「安納サオリは」と三人称的に表現する。曰く「前は自分に自信がなかった。でも今は誰よりも自分が“安納サオリ”を好きでいたい。自分が好きでいられる“安納サオリ”にならなきゃいけない。そうじゃなかったらお客さんが愛してくれるわけがないって思うんですよ」。

「普段とは別の自分になるスイッチ」

 フリーとして「これから自分の“売り”を見つけていかなきゃいけない」という安納だが、この客観的な視点も強みになるはずだ。

 スポーツ経験はないが、幼稚園から高校3年まで続けたバレエは、プロレスでも柔軟な動きと立ち姿の美しさにつながった。女優としてのキャリアによって「普段とは別の自分になるスイッチ」を持つこともできた。

多くの偏見とも戦ってきたレスラーとして。

 演劇・芸能活動とレスラーの同時進行という活動の仕方は、プロレス界においてはまだ風当たりが強い。

「プロレスをナメんな」、「アイドル崩れが」という偏見丸出しの声と闘ってきたのがアクトレスガールズで、その団体を引っ張る初代王者が安納だった。

「私はプロレスも100%、女優も100%です。“芸能人のプロレスはこんなもんか”と言われないように必死でしたね。あんまり努力を見せるもんじゃないと思うから、家の布団の上で練習したり……これは人に言っちゃダメですよ(笑)」

 つまり彼女は、そのキャリアの中で常に“安納サオリはどうあるべきか”を模索してきた。

 団体所属ではなくフリーになることで「余計に自分のことに集中できるようになりました。写真を見比べると、今のほうが楽しそうな顔してますね」。

「いつリングに上がっても大丈夫な準備だけは」

 今、この“緊急事態”でも、家での筋トレくらいしか練習ができなくても、レスラーとしてのベースは変わらない。安納サオリがより輝くためには何をすべきか。それを考えるのが第一なのだ。

「思いついた技や動き、ヒントになる言葉をずっと書いてるんですよ。『安納メモ』っていうんですけど。今は書くペースが上がってますね。考える時間があるからどんどんアイディアが出てくる。

 たぶん、今この時期に何をしていたかで今後の“安納サオリ”が決まってくると思います。いつリングに上がっても大丈夫な準備だけはしておかないと」

“コロナ禍”の長期化から、最近は多くの団体、選手が新たな試みを始めている。

 この機会にとグッズ通販のサイトを立ち上げた選手もいる。安納もその1人で、ツイッターには個人アカウントだけでなく情報発信用のスタッフアカウントもできた。

 インターネットテレビ『ABEMA(AbemaTV)』の格闘チャンネルは、K-1やRISEの選手たちにそれぞれの試合のダイジェスト版を配布し、SNSの充実に協力している。これは選手からのリクエストに応えて始めたものだそうだ。

「たくさんの選手から同時期にリクエストがきて驚きました。我々としても、ファンのタイムラインから格闘技の映像が減らないようにしたいですから」とあるスタッフは言う。

DDTもノアもWWEも無観客での新たな可能性を模索。

 同じサイバーエージェントグループのDDTとプロレスリング・ノアは本格的な「無観客TVマッチ」の配信に乗り出した。

 今年はWWEの祭典『レッスルマニア』も無観客(収録)開催。アンダーテイカーvs.AJスタイルズの試合はホラー映画さながらのムードの中で“ボーンヤードマッチ”として行なわれた。戦場はリングではなく“墓場”である。試合の結末はAJの埋葬、つまり生き埋め。画面に墓標が映る。まさにWWEならではの無観客試合だった。

 観客を入れた“興行”ができないなら何をすればいいのか。ファンに何を提供し、どうマネタイズするか。業界はそこに力を入れようと模索している。

 AbemaTVも、これまでの「大会中継」とは違う形での試合の見せ方、新しい企画を考案中だという。

キャッチフレーズは“絶対不屈彼女”。

「新しい動きにしっかり乗っていける選手でありたいですよね」と安納も言う。
「どこかの団体が新しい形式の大会をやりますとなったら、そこに呼ばれる選手でありたい。無観客マッチならではのファイトスタイルとか表現の仕方だってあるかもしれないですし」

 安納サオリのキャッチフレーズは“絶対不屈彼女”という(これも三人称的だ)。プロレスラーになる前に主演した舞台の役柄からきたもので、それがレスラーとしてのイメージにもぴったり重なった。

「不屈っていうのは、負けないっていうより“やめない”って感じですかね。お芝居でうまくいかない時期に実家に帰ってたらレスラーになってなかった。

 デビュー戦で“プロレスに向いてないな”と思ったけど、そこでやめてたらチャンピオンにはなってない。

 演劇もプロレスも、やめちゃう人はたくさんいるんです。それだって勇気がいること。でも私はやめなかった。それはこれからも同じです。フリーですからね、どんな状況であっても生き延びますよ」

 やめない限りは何かある。そういう人生だったから、彼女は“安納サオリ”を信じることができるのだ。

(「濃度・オブ・ザ・リング」橋本宗洋 = 文)