本来であればこの時期の学生長距離界は、ロードからトラックに舞台を移し、毎週のように各地で競技会が開かれている頃だ。だが、今年は新型コロナウィルスの影響により、シーズンインがなかなか迎えられずにいる。陸上競技に限ったことではないが、3月に入ってからは多くの競技会が中止や延期になった。

 おそらく多くの競技者が、戸惑いを抱えながらも、再び試合が開催されることを信じて、日々を送っていることだろう。

 この状況に当惑しているのは、指導者とて同じだ。

 政府により、東京都など7都府県を対象に緊急事態宣言が出された日の翌朝のことだ。私は帝京大駅伝競走部の中野孝行監督から1通のショートメールを受け取った。

 そこにはたった一言「することがない!」とだけ書かれていた。私は当初、その一言を“暇を持て余している”という意味と捉えた。そのメールに返信をすると、すぐさま中野監督から電話があった。そして、それは早朝から思わぬ長話になった。

「今何をするべきか、おそらく正しい答えってないんだよね。それに、答えは1つだけではないと思う。なぜなら過去にこのような事例はなかったわけだから。

 でも、みんながいろんな意見を出すことは必要だと思う。自分の意見を否定する人がいるのも当然だし、みんなが納得のいく結論は出ないかもしれない。ただ、意見を出すことで知恵は出る。だから、意見を言えるような雰囲気をつくることも大事なのかな……」

 中野監督は、指導者として、そして1人の人間として、未曾有の事態にどう向き合うべきか、葛藤を抱えつつも、真剣に頭を悩ませているようだった。

なかなかぴんと来なかった1月。

 1月中旬に日本国内でも新型コロナウィルスの感染者が確認されたが、この頃から帝京大では、手洗いうがい、マスクの着用など、箱根駅伝の前から行っていた感染症対策を引き続き徹底して励行してきた。

「国内の感染者数が増えてきていたので、インフルエンザ予防と同じような対応をしなければならないと思いました。(感染症対策は)うちにとっては当たり前のことなんですけどね。ただ、感染力に関しては、報道をチェックしていても、なかなかぴんと来ていませんでしたね、この頃は……」

ニューヨークへ出発する日の朝に。

 2月に入り、国内でも少しずつ感染が拡大し、様相はずいぶんと変わってきた。3月1日には東京マラソンが開催されたが、帝京大からは選手5人が出場を予定し、中野監督も一般ランナーとしてエントリーしていた。

 だが、規模を縮小してエリートの部のみで実施されることが2月17日に決定されると、その後も大会自体の開催の是非が議論された。このような形で、新型コロナウィルスの影響を身近に感じ、中野監督はいっそう危機感を募らせたという。

 さらに追い打ちをかけたのはニューヨークの感染爆発だ。実は、3月15日に予定されていたニューヨークシティハーフマラソンに小野寺悠(4年)が招待されており、中野監督も同行予定だった。渡航準備を進めていた頃は、まだニューヨークの感染状況はそれほどではなかったし、小野寺は、他のレースを回避してまでこのレースに照準を合わせており、中野監督も出場させるつもりでいた。

 しかし、出発日の朝に大会中止が決まり、結局はアメリカに渡航することはなかった。ニューヨーク市が非常事態宣言を発令したのは、その2日後のことだった。そこからわずかな期間でニューヨークの感染者数は一気に膨れ上がり、その1カ月後には10万人に達した。

「1カ月後にこんな状況になるとは思いもしませんでしたね。もし行っていたら大変なことになっていたかもしれません。感染していた恐れもあるし、無事に帰国しても、2週間は自宅等に隔離され、何もできなかったでしょう。小野寺には申し訳なかったけど、結果的には、行けなかったことは良かったのかもしれません」

寮生活だが、帰省した学生も。

 現状では、学生たちは寮に留まり、不要不急の外出を自粛している(8人は保護者の要望により帰省した。「こればかりは強制できなかった」と中野監督)。食事時は、対面と隣の席を1席ずつ空けて座り、食事中の会話も禁止。また、消毒液を入れたスプレーボトルを1人1本携帯するなど、これまで以上に予防を徹底させている。

「学生たちにはものすごく不便を強いているのは間違いない」と中野監督は歯痒さを口にする。

「でも、この行動は自分たちを守るためでもあるし、みんなを守るためでもある。それは、当たり前の生活を取り戻すためでもあるんだよね」

大会の中止は残念だがほっともした。

 当然、競技面にも大きな影響が出ている。練習スケジュールは目標とする試合から逆算して立てていくが、試合の見通しが立たない現状では練習スケジュールを立てることさえもままならない。

 また、感染のリスクを考慮し、基本的に練習は自主練習にしている。2、3度、少人数のグループに分けて負荷の高い練習を行ったが、チーム内で力の差に開きが出ているのを実感したという。

 また、前半シーズン最大の目標となる関東インカレも、5月開催の中止(今年度の開催を目指す)が決まった。

 中野監督は「特に4年生はこの3年間苦労してきたのを見てきましたから、彼らが活躍する舞台を奪われるのはかわいそうですし、私自身、ものすごくつらい」と選手の心情を慮る。その一方で、心の内で「ほっとしたという気持ちがあったのも事実」だという。慎重に言葉を選びつつも、大会の意義についても言及した。

「満足に練習ができないなかで大会が開催されても、満足のいくパフォーマンスは発揮できません。それに、選手には、どこかに無理が生じることになると思います。こんな状況でも練習ができているチームもあるかもしれませんが、大会は練習の成果をアピールする場。多くの大学が満足に活動できていない状況で大会が開催されることには、どんな意義があるのか……」

来年の1月の箱根駅伝は想像できない。

 私は、失礼を承知で「来年の1月に箱根駅伝が開催されているのは想像できるか?」を尋ねた。中野監督の回答は「現状では想像できません」というものだった。

「学生たちには“(大会に向けて)やるぞ”と言ってきましたが、学生ハーフ、関東インカレとことごとく中止になり、悪い言い方だけど、肩透かしを食っている。彼らも、口には出さないまでも、本当に試合が開催されるのかと疑心暗鬼になっているところはあると思います。

 それに、現状として、収束に向かっているとは思えない状況ですからね。中止の判断をするのは勇気がいることですが、出雲駅伝や全日本大学駅伝だってまだ先ではありますが、本当にできるのか、今から検討する必要があるかもしれません。学生たちには、“箱根があるつもりでやろう”と言っていますが、やっぱり“つもり”なんですよね。“ある”とは断言できません」

 このような発言をすることは、もちろん中野監督自身、批判されることがあるのも承知の上だ。ただ、先の監督の言葉にもある通り、未曾有の事態をどう乗り越えるべきか、その答えは誰にもわからない。だからこそ、今は意見を出し合うべきなのだ、と。

今は動かないことが大事。

「学生たちの健康を保持するためには、今は事態を収束させることを優先するべき。そのためにも今は、時間が経つのを“待つ”べきなのかもしれません。“動かない”ことが大事なのだと思う」

 アイルランド出身の劇作家、サミュエル・ベケットの代表戯曲『ゴドーを待ちながら』は「Nothing to be done.」というセリフから始まるが、中野監督との電話を終えた後でそのセリフを思い出した。

 私の勝手な解釈だが、「することがない!」というショートメールは、実は中野監督の現況に対する姿勢の表明だったのかもしれない。それは、決してネガティブな姿勢などではない。明るい未来を取り戻すための、ポジティブな姿勢だ。

(「箱根駅伝PRESS」和田悟志 = 文)