憧れる存在があることは大きい。

 あらためてそう感じたのは、昨シーズンのある光景を思い起こしてのことだ。

 2019年12月下旬に行われたフィギュアスケートの全日本選手権。試合を前に選手が一堂に会し、開会式と滑走順の抽選が行なわれた。

 多くの選手が待機する中、羽生結弦が現れると、目を輝かせるように視線を向けたのは佐藤駿だった。

 昨シーズン、ジュニアグランプリファイナルで金メダルを獲得するなど、次代を嘱望される1人である。

羽生も憧れを胸に競技人生を歩んできた。

 もともと仙台でフィギュアスケートを始めた佐藤にとって、同じクラブにいた羽生は、憧れであり、手本とする存在だった。

「何度も、繰り返して(映像を)観て勉強しました」

 佐藤自身、羽生のジャンプをはじめ演技を観て学んだことを明かしている。その背中を追い、自身の成長を志してきた。

 佐藤が追いかける羽生もまた、憧れを胸に、競技人生を歩んできた。

 エフゲニー・プルシェンコ、そしてジョニー・ウィアーである。

 プルシェンコは2006年のトリノ五輪で金メダル、2002年のソルトレイクシティおよび2010年のバンクーバー五輪では銀メダルを獲得するなど、フィギュアスケートの歴史に名を残すスケーターである。

 ウィアーはオリンピックのメダルこそないものの、際立った表現をたしかな存在感とともに語られるスケーターだ。

「感謝の気持ち込めて凱旋報告いたします」

 そんな2人へのリスペクトを羽生がストレートに伝える場となったのが、2018年4月13日から15日にかけて行なわれたアイスショー『Continues~with Wings~』だった。

 平昌五輪の金メダルのあとに行なわれた公演である。

「これまでたくさん応援してくださったファンの皆様へ、 感謝の気持ち込めて凱旋報告いたします」

 このような趣旨から誕生したショーは、ファンへの感謝のみならず、羽生のさまざまな思いから形となった公演であった。

「すべてが自分の人生、スケートに受け継がれている」

 ショーの冒頭、挨拶に立った羽生は語った。

「僕が今まで生きてきた中で、またスケートをしてきた中で、すべてが自分の人生、スケートに受け継がれていると思いますし、たくさんのことが自分に継承されて、ここまできているんだなという思いから、自分が大きなつながりを持った方々、そして偉大なスケーターの方々にオファーし、このショーをやらせていただくことができました」

 参加した中にプルシェンコとウィアーがいたのは、自然な成り行きであった。

 公演は、始まる前から場内に期待から来るであろう熱が感じられたが、始まれば何度も大きな歓声と拍手が起こった。

 第2部、プルシェンコが滑り終えた後、当初、怪我の影響から滑る予定のなかった羽生がリンクに姿を見せると、熱はさらに高まった。

 披露したのは8歳から11歳のときの『ロシアより愛をこめて』、シニア1シーズン目の『ツィゴイネルワイゼン』、そして『バラード第1番』。ジャンプはなかった。

 だからこそ、ジャンプなしでもプログラムは成り立つことを示す迫力に満ちた演技に、歓声がこだました。

羽生の楽しそうな表情が印象的。

 場内を沸かせた公演は、また、トークショーなど折々に姿を見せる羽生の楽しそうな表情が印象的でもあった。

「この世界に生まれてきて幸せだなと思いました」

「スケーターになれて、ほんとうによかった」

 出てほしいと思い、一緒に滑りたいと思っていたスケーターたちと作り上げた時間は、羽生にとっても貴重な時間であったことを思わせた。

 プルシェンコやウィアーという憧れのスケーターと滑る充実感には、追いかけてきた背中があることの重要性が表れていた。

 なりたい、目指したい、超えたい姿があって、そこを目標に真摯に取り組んできたからこその今日であることも、あらためて感じさせた。

羽生から次の世代へと伝わっていく何か。

 公演後、羽生は次のシーズンは多くの試合に出たいと語り、その理由を説明した。

「今回のショーの中で、スケーターの方々がすごい偉大だなと思ったし、だからこそ自分は未熟だから、もっとがんばらなくてはいけないなと感じたからというのもあります」

 公演は次へ進むエネルギーともなった。

 羽生は、「受け継ぎ、伝えていく」、「継承」を公演の趣旨の1つに据えていた。プルシェンコやウィアーらを迎え、自身が何を受け継いだのかを示す意味もあった。

 そして佐藤が全日本選手権で見せた羽生への眼差し、折々に語ってきた羽生を手本とする姿勢は、羽生から次の世代へと伝わっていく何かであるように思えた。

 佐藤に限らず、おそらくは多くのスケーターが羽生に憧れ、目指していくのだろう。

 2年前の、鮮烈な印象と余韻を残した公演、『Continues』のタイトルの通りに。

(「フィギュアスケートPRESS」松原孝臣 = 文)