「こんなことが起きるとは」

 オリンピック東京大会の「1年程度」の延期が発表された。もちろん、新型コロナウイルスのパンデミックへの配慮からだ。そして競泳のオリンピック選考会を兼ねた日本選手権も開幕1週間前に中止となった。

 怒涛の年度末。3月の中旬から心が落ちつかなかった。競泳の引退した先輩、仲間からも「日本選手権どうなる?」という心配の声があがっていた。

 それもそのはず。だって、4年に1度のこの時のために、選手たちはメンタル面、フィジカル面をいやというほど調整して「ピーク」をここに合わせて来たのだから。

一発勝負のピーキングはシビア。

 それは、全てを懸けて走り抜けた経験を持つアスリートならわかることだ。しかも競泳の場合は、2004年以降とても厳しい選考基準を日本水泳連盟が設定した。「世界で戦える選手を輩出するため」という言葉は全く嘘ではなく、五輪に派遣される日本選手はほとんどがメダル候補だ。

 そして、競泳のオリンピック選考は誰もがわかる一発勝負である。

 4年に1度の日本選手権の決勝で、派遣標準記録を突破し、かつ上位2位までに入らなければならない。準決勝で派遣標準を切っても決勝で切れなければ資格はない。決勝で2位に入っても、派遣標準を切れなかったらもちろんオリンピックには行けない。

 そんな一発勝負をオリンピックの3カ月前にやる意味は、「今」日本で最も速い選手を選ぶためだ。

 ちなみにアメリカは、オリンピックの本当に直前、6月に選考会を行う予定だった。タイミングは国によって異なるが、競泳においてこの「ピーキング」が大切なことは変らない。本番から逆算して長期にわたって調整する方法は、マラソンとも似ている。

ピーキングには3つの種類がある。

 学術的に、ピーキングには心理的コンディショニング、身体的コンディショニング、技術的コンディショニングが必要だと言われている。

 そして心理的側面には12の特徴があり、身体的リラックス・落ち着き・不安の解消・意欲・楽観的な態度・楽しさ・無理のない努力・自然なプレイ・注意力・精神集中・自信・自己コントロールと調整項目は多岐にわたる。

 これらを整えるための栄養面や生理面での研究も進んでいて、ピークパフォーマンスを発揮するには、練習の中で日常的に継続してコンディションを調整していく必要があると明らかになっている。つまり、オリンピックへ向けて生活の全てを細かく管理するのだ。

生活の全てを捧げる必要がある。

 自分の現役時代を振り返ると、まずは4年ごとのオリンピック、世界選手権は2年ごと、日本選手権は1年ごとにあり、他にも自分が出場する世界中の試合を元に合宿などのスケジュールを立てる。合宿も国内だけではなく、海外、高地などからその時最適なものを選ぶ。

 毎日の練習を自信につなげるためには、コーチやチームメイトといい関係を築くことも大切なことだ。

 トレーニングだけではなくメンテナンスも必要で、息抜きさえも全てはオリンピックのためだ。想像しづらいかもしれないけれど、0.01秒を縮めるために、後悔しないためには完璧な準備には必要なのだ。

 とりわけ最後の最後の1カ月は本当に重要な調整だ。よくコーチがこのテーパリング(最終調整)の時期に言ってくれたことがある。

「調子がいい時は慎重に。調子が悪い時は大胆に行動しよう」

 私の場合は、最後に運が味方してくれるように、楽しいことを我慢したりもしていた。逆に楽しい気持ちを作ることを心掛けていた人もいるかもしれない。個々人の考え方によって行動は違うが、本当に些細なことまで気にして神経をすり減らしていることは変らない。

気丈なコメントをしても、選手は無敵ではない。

 そんな全てを捧げるような準備をしてきた選手たちにとって、日本選手権が1週間前に延期されたのはどんな気持ちだったろうと考えると胸が苦しくなる。

 それでも選手たちからは、延期を受けて「もっと強くなれる」という前向きなコメントが聞かれて心から素晴らしいなと思った。

 しかし、選手は無敵ではない。少しでも、ヘルスとメンタルヘルスをケアできていければと思う。

私にできるのは、見守ること。

 よく「美は1日にしてならず」なんてことを聞くが、水泳においてもいいタイムはラッキーで出るものではない。

 現役時代に聞いたこんな言葉を今でも覚えている。

「レースは生き様がでるものだ」

 選手は人生を懸けている。しかし、オリンピックの競泳は一番長い1500mでも15~16分、私が出場した100mや200mなら1分から2分の間だ。その短い時間に全てを出し切る。

 その一瞬の刹那的な輝きが人々を感動させる。

 しかし、その一瞬のための準備は何カ月にもわたって生活の全てを捧げて行われる。だからこそ、1年の延期の負担は大きい。もう1回1年後に合わせればいい、と軽々に言うことはとてもできない。

 オリンピックが行われて欲しかった、ということではない。今はとにかく命を守ることが大切だ。それでも自分自身が経験したからこそ、選手たちの辛さはわかるつもりだ。

 だから私にできることは、選手たちが思いっきり競技ができる時まで見守っていくことだけなのだ。

(「オリンピックPRESS」伊藤華英 = 文)