時代を背負ってきた選手たちがいて、でも必ず、いつかは第一線を退く日が来る。

 退いてなお、忘れられることのない存在がある。

 北島康介もまた、その1人だ。

 その功績は、色あせることはない。

 主だったところを記せば、2004年のアテネ、2008年の北京の2つのオリンピックの100、200m平泳ぎで2大会連続2種目制覇を達成。日本選手として史上初、平泳ぎでは世界で初めての快挙であった。

 2002年10月のアジア大会200mで世界新記録を出したのを皮切りに、100、200mそれぞれで世界記録を更新した。それもまた功績の1つだ。

 2000年のシドニー以来4度目のオリンピックの出場を果たした2012年のロンドン大会では100m5位、200m4位と個人種目ではメダルを逃したが4×100mメドレーリレーの第2泳者として出場し日本を1位に押し上げる泳ぎで銀メダル獲得に貢献、3大会連続メダリストとなった。

 日本競泳史上初であった。

5大会連続五輪出場は潰えたが……。

 これらの大会に続き、5度目のオリンピックとなるリオデジャネイロを目指した2016年、日本選手権。

 北島は4月5日の100m決勝で2位となったものの、代表選考基準として定められた派遣標準記録のクリアはならず、この種目での代表入りを逃した。

 残るは200m。迎えた8日の決勝は、しかし、5位。5大会連続五輪出場は潰えた。

 この大会での泳ぎは、以前とは違った。

 だがそれでも、最後の挑戦のレースとなった200m決勝での姿、オリンピックに挑んだ最後の泳ぎは、この日までの北島を、そして北島の強さをあらためて思い起こさせた。

北島の言葉と「信は力なり」。

 前年の2015年、北島は危機を迎えていた。少なくとも周囲にはそう映っていた。

 休養していたシーズンを除き、2003年から出場していた世界選手権の代表を初めて逃した。選考大会の日本選手権後、引退を示唆と書く記事もあった。

 それを覆すように、現役続行を表明する。

 その時点で32歳だった。長年、自分を追い込むように厳しい練習に取り組み、心身ともに疲労の蓄積もある。ましてや、数々の輝かしい成績を残している。退いても不思議はない。

 にもかかわらず、5度目のオリンピックを目指す根底にある思いの一端を、北島はこう表現した。

「またいい記録で泳げるんじゃないか、そういう気持ちを持っていますけどね」

「信は力なり」という、スポーツ界で広く知られた言葉がある。

 北島のひとことに、その言葉を連想し、また、北島の逆境での強さを思った。

挑戦し続ける意志の強さ。

 2002年、初めて世界記録を出したのは、右ひじの故障で棄権を余儀なくされた大会から役ひと月後の大会でのことだった。

 北京五輪の100mでは予選、準決勝ともに全体の2位通過であったが、決勝で世界新記録を出しての金メダルだった。

 そうした強さを支えているのは、自身の可能性を信じる力だ。

 あらためて思わずにいられなかったのが、「またいい記録で泳げるんじゃないか」という言葉だったし、挑戦し続ける意志の強さをも思わせた。

 それでも5度目のオリンピック出場への挑戦は、かなわなかった。

北島は、丁寧に、プールに一礼した。

 でも。

 200m決勝のあと、ゆっくりとプールから上がると、北島は、丁寧に、プールに一礼した。

 静まり返っていた場内に、拍手が起きた。拍手が広がった。やまないように、拍手は続いた。出場している選手が籍を置くスイミングクラブや学校の水泳部の応援者、一般の観客、誰もが1つになったかのような、拍手だった。

 オリンピック出場を逃したことで損なわれることのない、自分をとことん信じて泳ぎ続け、だからただ挑み続けてきた過程の過酷さとそれを実践してきた事実。1、2分ほどで終わるレースまでの時間。それらへのねぎらいと称賛のようであった。

 オリンピックの決勝レースなどと並び、忘れ得ぬレースだった。

「自分の記録を超えていきたいスポーツ」

 レース後、引退の意志を表明した北島は、その2日後、記者会見を開いた。

 最も印象に残るレースについて尋ねられると、こう答えた。

「そうですね……。ひとつあげるのは難しいです。もちろん金メダルを獲ったレースがいちばん興奮できましたけど、どのレースも印象に残っています。

 小学校のときに優勝できなかった試合、全国中学で初めてライバルに勝った試合とか。終えてみると、どのレースも思い出深いです」

 金メダルと記録についての思いを聞かれると、こう答えた。

「オリンピックでの金メダルは別ものでうれしいです。自己ベストは一生ついてくるもの、そこをどうしても超えたいと思って一生懸命練習しています。

 いちばんになりたいというのはその後かなと思っています。水泳選手は誰しもが記録に執着心があるのではないかと思うし、みんな自分の記録を超えていきたいスポーツです」

 自分を超えようとしてきた北島ならではの言葉だった。

(「オリンピックPRESS」松原孝臣 = 文)