DDT系のイベント『まっする2』が新木場1st RINGで開催されたのは、小池百合子都知事が新型コロナウイルスが「感染爆発の重大局面」にあると訴えた夜の緊急会見の翌日だった。3月26日である。

 DDTは業界でもいち早く、主催大会の中止と延期を発表していた。その上で20日から「新型コロナウイルス感染症対策本部の政府の方針である2週間の自粛要請期間を過ぎるため」(DDT公式サイト)、観客を入れての開催を再開していた。もちろん、検温や手指消毒、会場の換気など、できる限りの対策を講じてのことだ。

 そんな最中に、都知事の会見があった。『まっする2』にとっては昨日の今日どころか大会前夜のこと、いきなり「自粛」するわけにもいかなかった。完売していたチケットに若干のキャンセルもありつつ、大会は行なわれた(これ以降、DDTグループの“有観客”大会は再び自粛となった)。

『まっする』クリエイターのマッスル坂井(スーパー・ササダンゴ・マシン)は最初から「そもそも開催できるのか」、「開催できたとして何をやるべきなのか」を考えていた。今の世の中をどう受け止め、見に来てくれた観客に何を届けられるか。それは当然の責任であり悩みだった。

 あらためて説明すると、『まっする』は今年1月からスタートした“台本あり”のエンターテインメント系プロレスイベントだ。坂井が手がけてきた『マッスル』シリーズの番外編、スピンオフ的立ち位置になる。坂井と同世代の選手を中心とした『マッスル』に対し、『まっする』はDDTの若い選手が主役となる。ちなみに大会名は「ひらがなまっする」と読む。

大会前に始まった「5日後に負ける上野」

 1月に続いての第2回大会は、実質3月21日からスタートしていた。この日からツイッターに「5日後に負ける上野」という動画が連日アップされ始めたのだ。もちろん例のワニのパロディだが、プロレスで「あらかじめ勝ち負けが決まっている」ことをモチーフにするのは大胆だ。

 さすがだと思ったし、これは大会全体の予告だったのかもしれない。内容の予告であり(実際、試合で上野は負けた)、また“手法”の予告だ。その手法とは、簡単に言えば“リング外での仕掛け”である。

プロレスの必殺技が擬人化されたミュージカル!?

 上野が出場した「ヘル・イン・ア・ブルーシート」マッチ(リングをブルーシートで覆っての試合。観客は中が見えず、実況音声から闘いの様子を想像して楽しむ)が終わると、リングにササダンゴ・マシンが登場した。

 これから休憩時間に入るが『まっする2』という大会はここで終了だと言う。休憩後に始めるのは、プロレスより市場規模の大きなジャンルへの挑戦だ。

 すなわち2.5次元ミュージカルのプロレス版、その名も「2.9次元ミュージカル」。

 日本刀を擬人化したキャラクターが人気の『刀剣乱舞』ばりに、坂井(ササダンゴ)が生み出した『必殺技乱発』(フィニッシュらんぱつ)ではプロレスの必殺技が擬人化された。

 ここでそのキャラ(必殺技男子)と演じるレスラーを紹介しておこう。

■投げ技の神:思切投太郎(おもいきりなげたろう)/竹下幸之介
■飛び技の神:高久辛飛光(たかくからとびみつ)/上野勇希
■関節技の神:膝十字欣也(ひざじゅうじきんや)/彰人
■丸め込み技の神:丸目込松(まるめこみまつ)/平田一喜
■打撃技の神:野球棒振正(ばっとふるまさ)/勝俣瞬馬

グッズ売店で「原作本」を急きょ販売!

 絶妙にふざけた、同時に“それっぽさ”抜群のネーミングとメンバーなのだった。しかし2.5次元は2次元の原作(漫画、アニメ、ゲーム)を3次元の舞台にするもの。プロレスはそもそも3次元だ。

 じゃあどうする? 2次元の原作を作っちゃえばいい。

 というわけで、休憩中の物販コーナーで「原作漫画」が販売された。もちろん事前に用意されていたわけだ。1部1000円の“薄い本”。原作だけど二次創作というのか、とにかくやたらと手の込んだやり口だ。漫画で描かれるのはストーリーの途中まで。クライマックスは舞台(リング)で、という趣向にもなっていた。

観客の“参加感”を高めるイベント。

 普通、パンフレットやTシャツなどのグッズを買うのは“サブ”的な楽しみだ。だけど“テニミュ(『テニスの王子様』ミュージカル版)”ならぬ“フィニミュ”に関しては、漫画購入が大会を楽しむことと直結している。売店に並んでお金を払い、席に戻って漫画を読むことで、観客はさらに能動的になる。プロレスの観衆は試合をただ見ているのではなく、声援や拍手などを通じて参加しているのだと言われる。その“参加感”を、『必殺技乱発』は別の形で浮き彫りにした。

 まあ理屈はともかく、とにかく楽しい。「来てよかった」と会場にいる全員が思ったはずだ。

 休憩明け。始まった2.9次元ミュージカルは、思わず見入ってしまう出来栄えだった。選手たちは闘い、歌い、踊る。決めポーズに決め台詞も完璧だ。重要なのは「腐女子とかプ女子はどうせこんなのが好きなんだろ」といった目線がなかったこと。歌も演技も繰り出す技もあくまで真面目で、でもパロディという前提があるから照れることなく楽しめる。

「プロレスやらせてくれ!」と叫んだ今成夢人。

 そして終盤、2.9次元は限りなく3次元の現実に近づいていく。

“劇中試合”で敗れた今成夢人が「もっとプロレスやらせてくれ!」と叫ぶ。それは「この負けでは納得いかない。再試合をやらせてくれ」というセリフなのだが、観客は別の意味も感じ取った。これは大会の延期と中止が相次ぐプロレス界、そこに住む全員の偽らざる心情だ。このご時世、誰が悪いとかじゃないのは分かってる。でもプロレスラーである以上、試合ができなくては生きている実感がないのだ。まして今成はDDT映像スタッフでもある兼業レスラーだ。「俺は試合で認められたいんだ」という思いも込められていただろう。

 総合演出(役)のユウキロックが今成に問いかける――たくさんのレスラーがやりたくても試合ができない状況なんだ。お前はそんな中で何を見せられるんだ。対戦相手の納谷幸男は「俺だっていろんな挫折してんだよ!」。貴闘力の息子、つまり“大鵬3世”である納谷は、今成とは逆に“サラブレッド”ゆえの苦しさを味わってきた。リング上で、ミュージカルの最中に心の叫びがこだまし合う。

今成夢人vs.納谷幸男としての一騎打ち。

 かくして始まったのは「ドリームボーイ今成」と「ビッグプリンス納谷」という劇中キャラクター同士のシングルマッチ。

 しかし実際には今成夢人vs.納谷幸男としての一騎打ちだ。

 納谷の巨体に攻め込まれる今成は、真っ向から打撃で打ち合った。気持ちしか見せるものがないのだ。

 必殺技男子たちに気合いを注入されて勝った今成を見て、同じガンバレ☆プロレス所属の翔太はカーテンコール後のエンディングで泣いた。今成の叫びは他人事ではなかったのだ。すべてを仕掛けた坂井が台本には書いていなかった涙だ。その坂井自身も、マイクを握ると声を震わせた。

大会後まで続いた“驚きの仕掛け”とは?

“こういうとき”だからこそ、余計に楽しいことがやりたかった。楽しいものを見せたかった。「今(の世の中のムードでも)見て面白いものって、絶対に面白いものじゃないですか」(坂井)。

 それが2.9次元ミュージカルだった。

 我々はそこに“見世物”の底力を感じた。試合、演劇、漫画。台本のある展開があり、チケットを買って会場に足を運んでグッズを買うという現実の行為があり、パロディの形をとった本気、台詞の中に込められた本音があった。

 会場で販売された原作漫画には、特典としてクライマックス部分の(漫画化されていない)シナリオがついていた。大会後に読んでみて驚いたのだが、その結末はリングで展開された「2.9次元版」とまったく違うものだった。ファン驚愕のオリジナル展開。もしくは“決められたようには進まないのがプロレス”ということか。

『まっする2』は大会5日前から始まり、『必殺技男子』は帰りの電車の中まで続いたのだった。そうまでして楽しませるために費やされたエネルギーは、いったいどれほどだろうか。

「生産性の低いところに熱狂が宿る」

 かつて坂井はそう言った。普通の興行だったらやらなくていいこと、無暗な手間をこそ彼は愛する。テレビ、ラジオに数多く出演、活動範囲と人脈が広がった坂井だが、だからこそ“帰ってくる場所”としてのプロレス(DDT)への思いが余計に強くなったということもあるだろう。

 単なるエンターテインメントではない。単なるスポーツでもない。プロレスというスポーツ・エンターテインメントの構造そのものと世間に対する視野の広さを武器にして、『まっする2』と『必殺技男子』は世界を覆うどうしようもない閉塞感の中で遊んでみせた。遊ぶふりをして闘っていたのかもしれない。いつでも、どんなときでも、観客がいても無観客でも、とにかく楽しむことをやめてはいけないのだ。

(「濃度・オブ・ザ・リング」橋本宗洋 = 文)