プロスポーツ選手にとって痛みなく自分の意図通りに身体を動かせる状態をキープすることは、プレー内容うんぬん以前に気を配らなければならない大事なところだ。

 そこをおざなりにしていたがために負傷が続いてしまったら、それこそ選手キャリアの危機にもつながってしまう。自分に合ったフィジオ、鍼灸師の存在は生命線とも言える。

 ただし鍼治療は複雑で、同じ技術でも選手の身体との相性により効きが悪いこともある。治療する側は、どのように選手たちをケアしているのか。長谷部誠と鎌田大地が所属するフランクフルトで鍼灸師として働く、黒川孝一に詳しく話を伺った。

「僕の場合、まず指でほぐして」

「10人いれば10人技術が違いますね。施術者の性格もあると思います。例えば、うちのドクターは僕以上に鍼を使いますし、僕が使っているのより太い注射のような鍼を使って、痛みのあるところにズボっと打つような鍼治療をしています。僕はほとんど痛くない細い鍼を使って、身体や筋肉へのストレスを少なくて効果出す事を意識しています。そちらを好む選手は僕の方に来て、強く刺激してほしい選手はドクターのところに行きます」

 鍼さえ打てばそれでオッケーというわけではない。黒川はまず指でしっかり凝っている場所を探すようにしている。1つの筋肉のなかに痛んでいる場所が何カ所もあり、そこを見逃さないように探すことが大切だと言う。見逃すと、それが原因で肉離れを起こすこともあるだけに、丁寧に時間をかけてほぐしていく。

「僕の場合は、まず指でしっかりほぐして、ほぐれにくいところには鍼を打ちましょうか、というふうに選手とコミュニケーションを取ります。フランクフルトの日本人選手はそのあたりを結構分かっているので、自分たちで細かく『今はこういう状況だから、こうした治療をしてほしい』と言ってきます」

スプリントが多かった試合だと。

 選手たちの意識は高い。

「普段は『指のマッサージだけでいい』という感じですけど、例えばすごくスプリントの多い試合でハムストリングスが張った場合には、自分から『今日は鍼でお願いします』と言ってきます。もちろん、状態によっては僕から『今日は鍼にしましょうか』と提案することもあります。一方、『任せる』という選手も多いですね。『それは君の仕事だから君に任せる』と。そういう違いというのはあります」

 一言で身体のケアと言っても、通常状態と疲労を抱えているとき、あるいは怪我をしているときでは、治療の仕方も変わってくる。

 鎌田の場合、2月28日に行なわれたザルツブルクとのヨーロッパリーグ(EL)後に「疲労感はありますし、足の具合もそこまで良くはない。ホント、集中して試合に入らないとまた怪我しちゃうと思う」と明かしてくれたことがあった。

 選手がそうした問題を抱えているときには、より重点的なケアをしていくのは当然だ。とはいえ、次の試合まで間隔が空いていない過密日程となると、通常に近い動きができるようにもっていくことは極めて困難な作業となる。

関節周りの動きを良くするように。

 黒川は言う。

「(鎌田は)関節周りの動きを良くするようなケアを継続的にやっています。今はちょっと落ち着いていますが、足首だと直接鍼を刺すよりは、関節の動きをよくするためにその周辺の筋肉を治療したりとか、足首だけじゃなくて膝や股関節とかのバランスも整えるという感じになります」

 メディカルスタッフには復帰までのプランがあるが、その通りに事が運ぶとは限らない。負傷からの復帰時期は監督からの要望、さらには選手の個性なども関係してくる。黒川は、ドイツでは選手の最終的な「できる、できない」という決断が尊重されると言う。

「もちろん僕らは『本人はできると言っているけど、こういう状況ですよ』ということは、選手にも監督にも話はします。そして最終的に決めるのは監督ですけども、監督が選手と本当にできるのか、どこまでできるのかという話をしていることが多いです」

長谷部が語った好選手の条件の1つ。

 もちろんクラブ、監督、選手それぞれで哲学に違いはあるだろう。「これではできないから、まだ復帰しない」と慎重になる選手もいれば、ちょっと無理してでも復帰したがる選手もいる。いずれにしても選手の発言が少なからず尊重されるということは、そこに責任感が伴うことを意味する。

「できる」といった以上、納得してもらえるプレーができなければならない。「できます」といって試合に出て監督が求めるクオリティのプレーを見せることができなければ、自己管理ができない選手との評価をされてしまう。無理をして出場を重ねてコンディションを崩したり、それこそ長期離脱となる負傷をしたりしたら、またイチからのやり直しとなる。

 だから選手は自分の身体と相談して、どこまで動けるのか、どうするのが望ましいのかを見定められなければならない。長谷部は「怪我をしないのは好選手である条件の1つ」と語っていたことがあるが、まさにそうなのだ。

「メディカルは難しいし、注意しないと」

 選手とメディカルスタッフの間には、しっかりとした信頼関係がなければならない。

 こういう治療をしたらこういう効果が出て、こういう状態になるということを説明し、治療して、休養を取ったらその通りになるという体験ができれば、選手は安心して自分の身体を預けることができる。

 ただし、負傷によっては非常に複雑なものもある。医学的には大きな問題はなくても、本人が痛くてできないというケースも出てきてしまう。

「例えば、グロインペイン(鼠径部痛症候群)。あれは痛みがすごく出るときもあれば、そうでもない日もある。だからコントロールが難しいんです。選手が『できる』と思ってやったら痛くてできないとか。痛くて歩くこともできない状態になったけど、次の日には治まっているなんてこともある。本当に、その日その日で違う。

 だからといって『その日次第』と言うと不信感が生まれちゃう。監督にもチームにも選手にも、『どうなってる』と思われちゃう。だから、うまくコミュニケーションを取らないといけない。メディカルの仕事というのは難しいし、注意しないといけません」

頼ってくれる選手がいるやりがい。

 日頃から1つひとつ丁寧に仕事し、しっかりとコミュニケーションを取り、選手が落ち着ける雰囲気を作り出す。そうした積み重ねが信頼を強固なものにしていく。

 だから、自分が一生懸命ケアした選手が活躍したときは自分のことのように嬉しくなる。チームが好成績を収めれば、自分も共に戦っている一員という誇りを抱く。

「日本にいるとき、当時サポートしていた高校サッカー部が選手権に出られたんですね。こっちでもチームの結果としてはニコ・コバチ監督時の2016-17シーズンにドイツカップ準優勝、2017-18シーズンは優勝。アドルフ・ヒュッター監督になってヨーロッパリーグ出場もできた。

 チームがステップアップする場にいれるのはすごいモチベーションやし、自分がよく見ている選手がいいプレーをしているとか、怪我せずできているときなんかは嬉しいです。頼ってくれる選手がいるというのが、一番のモチベーションですね」

スタックワークも風通し良く。

 昨シーズンのフランクフルトは、ヨーロッパリーグ4強という輝かしい成功を遂げた。今季も過密日程を戦い抜きながら、チームのクオリティを低下させないため、ヒュッター監督はやりくりに苦心している。

 クラブはフィジオの人員を増やし、それぞれ役割分担しながら、選手のケア体制をより良いものにしようと取り組んでいる。リハビリはフィジオがメインで入り、黒川は比較的健康で試合に出ている選手を中心に治療している。常に試合に同行して、選手のコンディショニングをサポートできる位置で奮闘している。

「楽しい雰囲気づくりを大切にしていて、冗談が好きで気さくですね。スタッフとも距離が近いですね」とは黒川のヒュッター評だが、フランクフルトは、そうした関係性がとても良好そうだ。

 チームワークは選手にだけ求められるものではない。スタッフワークもとても大切だし、各部署間のネットワークも密で、風通しがいい方がいい。現代サッカーはまごうことなく総力戦なのだ。

(前編ではフランクフルトで得た信頼ぶりについて触れています)

(「欧州サッカーPRESS」中野吉之伴 = 文)