「まさかミランが北朝鮮だったとはな!」

 セリエAが中断に陥る直前の3月7日、ミランで現場を統括するCFO(チーフ・フットボール・オフィサー)という要職にあったズボニミール・ボバンは、その座を追われた。

 解任の翌日、地元紙の取材に応えた彼は、クラブの内部分裂と次期監督人事を巡る動きも暴露すると、経営首脳の独裁を批判する捨て台詞を残した。

 昨夏、FIFA副事務総長という要職を捨ててまで古巣再建に馳せ参じたレジェンドOBが、なぜ愛する古巣に毒を吐かねばならなかったのか。

ミランはもう今季に見切りをつけた。

 ひとつ言えるのは、ミランがすでに来シーズンへ向けて動き始めているということだ。

 新型コロナウイルス禍収束の兆しが見えないイタリアでは、未だセリエA再開の目処が立っていない。スポーツイベント開催禁止等を定める政府措置は、当初4月3日までとしていた有効期限の延長が濃厚だ。

 今は順位表の上下を問わず、どのセリエAクラブも選手たちの給与カットの可否やクラブ運営資金の確保といった問題に苦慮しながら、リーグ戦再開とシーズン完遂を祈るばかり。

 スクデット争いはどうなるのか。CL出場権は。残留争いは。皆が皆、答えの出せない日常を過ごしている。

 ただし、ミランだけはもう今季に見切りをつけたというか、残す12試合をどう戦うかより、もはや来季の仕切り直しにエネルギーを傾けている印象がある。

 表舞台に出てきたのは、CEO(最高経営責任者)イバン・ガジディスだ。

 英オックスフォード大で法学を修めた後、米国MLS創設に携わり、2009年から9年間にわたってアーセナルのCEOを務めた超エリートのガジディスは、ミランの経営権を握る投資ファンド「エリオット」からクラブ経営を任されている。

ボバンが引っかかった「共有」。

 滅多に取材に応えない彼が、2月下旬に『ガゼッタ・デッロ・スポルト』紙のインタビューに応じ、名門再建の見通しを語った。

「エリオットは、サッカークラブは単なる投機の対象でなく、社会的・文化的、公共的な機関だと考えている。ミランはファンのものだ。サッカー界で我々ができうる最良のビジネスとは、新たなトップクラブを作り出すことだ」

 ガジディスの美辞麗句は、ミラニスタたちに心地よく響く。彼はさらに「国内でも欧州でも頂点を狙える新時代のミランを作る、という目標を経営陣も現場も共有している」と強調した。

 引っかかったのは、「共有している」という発言だ。ボバンは見過ごせなかった。

 出資元から来たお目付け役として黒子だったはずのガジディスが、昨年末から現場介入どころか、自分たちのあずかり知らぬところで来季の監督人事工作に動いていたからだ。交渉相手はレッドブル・グループのスポーツ・サッカー部門ディレクター、ラルフ・ラングニック(前RBライプツィヒ監督)だった。

ラングニックとの接触を公然と批判。

 戦友であるTD(テクニカル・ディレクター)のパオロ・マルディーニとともに、グラウンドの結果の責任を負うボバンは、物言わずにはいられなかった。2月末、ガジディスへの直接の答えとして、やはり『ガゼッタ』紙上で訴えた。

「(ラングニックとの接触は)誰のためにもならない。とりわけ現場のチームやピオリ監督が頑張ってくれて、ようやく結果も出てきた、今のようなタイミングで次期監督交渉とは何とも腹立たしい。現場に対して失礼だし、品がない。ミランにあるまじき行為だ」と、上役にあたるガジディスを公然と批判したのである。

「編成を預かる立場なのに、我々(ボバンとマルディーニ)には補強予算の限度額さえ知らされていない」とも述べた内容は、内部告発にも近いものだった。

 インタビューから1週間足らず、ボバンは解任された。だからこそ、苦渋の思いで愛する古巣を北朝鮮に喩えたのだ。

マルディーニも今季限りが濃厚。

 マルディーニTDは一応留任しているものの、21日には息子のMFダニエルとともに新型コロナウイルス陽性が発覚した。幸い症状はほとんど出なかったようだが、もはや立場のないことを悟ったTDは、シーズン終了とともにクラブを去ることが濃厚だ。

 直近の試合である3月8日の第26節ジェノア戦に敗れた後も、指揮官ステファノ・ピオリは平静を保っている。彼は魑魅魍魎が跋扈するカルチョの世界にいながら常識人でありたいと願う男だ。

 昨秋10月に急遽招かれたピオリは、2桁順位に喘いでいたチームに安定をもたらし、クリーンシートを7回も記録しながら7位にまでチームを押し上げた。

 ボバンとマルディーニはその仕事ぶりを高く評価していたから、来季留任の目も十分あった。しかし、今やその立場は人事決定権を一手に握る独裁者ガジディスの腹積もりひとつ、という極めて不安定なものになっている。

 中断期間中のピオリは、スマホや電子デバイスを使って選手たちを管理しようとはせず、週の初めに音声メッセージで1人ひとりに自宅でできる個人練習メニューを伝えるに留めた。

 野菜やフルーツを摂れ、素食を心がけよ、と食生活には口出しするが、コンディション維持については選手たちの自主性とプロとしての心構えに任せている。やや前時代的かもしれないが、それがピオリのメソッドなのだ。

サッカー版『マネーボール』化か。

 ガジディスCEOが考えているのは、おそらくコストと結果の費用対効果を最重視する、サッカー版『マネーボール』ではないか、と見当がつく。

 現場を任せるにあたって、革新的指導者ラングニックはうってつけだろう。

 独創的な「4-2-2-2」とローコストの若手を走らせるスタイルで、ドイツサッカー界に革新をもたらした別名“プロフェッサー”。ミランにおける導師的存在である御大アリゴ・サッキのサッカーを敬愛し、有名な「8秒/10秒ルール(※ボールを奪うのに最大8秒、奪って相手ゴール到達まで最大10秒)」を発明。21世紀のアグレッシブ・フットボールを推進する。

「リバプールのように」9年待て?

 もちろん、ラングニックの代理人もガジディスも表向きは接触を否定しているが、ボバン解任と前後して現地紙上では「ラングニックとエリオット社はすでに3年契約で合意済み」と、まことしやかに報道されている。

 口だけで笑うCEOは、ミラニスタに向かって「私の夢は皆さんと同じですよ」と言う。

「リバプールをご覧なさい。彼らも今のミランと同じようにコストに潰され、苦境の9年間を過ごした。道を探り、ついに彼らは欧州の頂点に返り咲くという再建を成し遂げた」

 ということは、少なくとも9年待て、ということか。ミラニスタたちは待てるだろうか。

 公式記録として2012年に9年ぶりのスクデットをユベントスにもたらした監督アントニオ・コンテ(現インテル)や、長く残留と降格を繰り返すエレベーター・クラブだったアタランタをCL初出場とベスト8に導いたジャンピエロ・ガスペリーニが、ともに極めて優れた指導者であることは疑いない。

 ただ、彼らのサッカーが花開き、結実した要因のひとつとして、アニェッリ一族とペルカッシ・ファミリーという理解と辛抱のある経営者に恵まれたことは忘れるべきではないだろう。

 革新的なスタイルと指導法を持ち込んでくる新監督、しかもそれが外国人であればなおさら、招聘を決めた経営者は自らの責任と忍耐をもってそれをサポートするべきだ。

 その覚悟はあるのか――。

 ボバンが自らの進退をかけて訴えたかったのは、そういうことだったのだろうと思う。

「5月のセリエ再開は非現実的だ」

 3月28日、イタリア共和国スポーツ省のスパダフォラ大臣は「5月3日のセリエA再開は非現実的だ。社会生活全般がもはや以前のようには戻れないということをセリエAのクラブは未だに理解していない」と、リーグ戦再開に強い反対姿勢を見せた。

 併せて、これまで一部認容してきたアスリートの練習についても東京五輪延期を受け、4月中の制限を強化する方向であることも示唆している。

クラブ愛ゆえのボバンの苦言。

 イタリアの夏は6月には始まる。

 用意周到なラングニックは、エリオット社との合意の中に7月1日時点で本契約が為されなかった場合のペナルティまで記載させている、ともっぱらの噂だ。

 実際にミラン入りした場合、ラングニック自身はSD(スポーツ・ディレクター)職に就き、今季の残り試合の采配と結果次第ではベンチをピオリに任せる可能性もある、とも報じられている。

 7月にミランのベンチにいるのが誰なのか、今は誰にもわからない。ただし、クラブを愛するがゆえに苦言を呈したボバンの言葉だけは記憶に留めておきたい。

「予算もない。トッププレーヤーもいない。なら、アイデアで勝負するしかないだろう?」

(「セリエA ダイレクト・レポート」弓削高志 = 文)