新型コロナウイルスが最初にスペインリーグに影響を与えたのは、3月13日からの第28節とその翌週の第29節だった。

 直前の火曜日10日と水曜日11日に行われたチャンピオンズリーグ4試合のうち、バレンシア対アタランタとPSG対ドルトムントの2試合が無観客で行われていた。すでに、サッカー界に影響は出始めていたわけだ。

 CLを終えた12日木曜日、レアル・マドリーのバスケットボール部門で感染者が発覚し、サッカー部門も検査を受けることと練習場の閉鎖をクラブが発表。これを受けてリーガは2節の延期を発表し、 “新型コロナウイルスに対抗する行動プロトコルの次の行動”に移る時期だと説明したが、21日にはレアル・マドリーの元会長のロレンソ・サンスが新型コロナの影響で亡くなるなど厳しい状況は続いている。

 現在では無期限延期となったスペインリーグだが、選手に感染者が出たこともあり、どのクラブでも選手たちは自宅待機を余儀なくされている。日本人選手もしかりで、代わりにSNSを通して家でできるトレーニングを伝授したり、ファンサービスを行うなどしている。プレー以外の姿を見られて新鮮な反面、やはり選手は試合で見たいものだと思ってしまう。

香川真司がレアルと戦った日。

 少し遡るのだが、1月29日のこと。

 スペイン国王杯、2部のレアル・サラゴサは5回戦でレアル・マドリーをホームに迎えていた。チケットは瞬く間に売り切れ、街はお祭り騒ぎに。試合は0-4で、サラゴサは完敗した。この試合でフル出場した香川真司は、久々に輝きを見せていた。

 レアルを相手に腰の引けた味方選手もいる中で、この日に限っては香川にしっかりとボールが集まっており、チームは香川を見て動いた。

 この日に限ってというのは、今季の香川はなかなか難しいシーズンを送っていたからだ。2022年カタールW杯を目指して、夢のスペインでプレーするために2部に甘んじることを受け入れた。だが、それでも結果が出せていない。3月8日第31節までの時点で、先発18試合、途中出場5試合、2得点1アシスト。

 サラゴサから80キロほどしか離れていない同じ2部のウエスカでプレーする岡崎慎司は、試合から離れる期間を挟みながらもすでに8得点している。2人はタイプも何もかも違うが、それでも香川にももう少し結果が出せるのではないかと思ってしまうのだ。

ミックスに現れなかったので、翌日に……。

 だがレアル戦では、“違い”を見せつけた格好になった。だからこの日は結果に悔しさはあっても自身への手応えは得ているだろうし、敗戦後もミックスゾーンにやってきて話をするだろう、と思っていた。

 しかし結局、香川は最後まで姿を現さなかった。もちろん、選手だって話したくない日はある。しかしどうにもすっきりせず、翌日練習場を訪れることにした。

 サラゴサの練習は、冒頭15分間のみ公開。お茶などしながら、ひたすら待つことおよそ2時間。香川はようやく現れた。

「レアル戦だからってドイツから来たの?」

 軽く先制パンチを食らう。確かにスペイン2部の試合は、開幕直後の数試合しか取材していない。

「こっち暑いでしょ? 15度くらいあるから。ドイツは?」

 そう陽気に話す香川は半袖で、こちらはダウンジャケットを着込んでいた。

 前日の試合について、レアルとの試合について聞くことにする。

「今のチーム状況、個人的な立ち位置を考えたら、満足できないですよね。感覚は良かったですけど」

「メンバーみていたら俺しかいなかった」

 リーグ戦での優勝争いと1部昇格を目指すサラゴサにとって、カップ戦に全てを注ぎ込む余裕はない。いくら相手がレアルだとはいえ、照準を合わせるべきは週末であり、ミッドウィークではなかった。

 だからこそ、香川にチャンスが回って来たのが現実だ。でもそんな事情はどんなプレーを見せるかとは関係ない。トップ下で出場した香川は、トラップで相手を交わすなど余裕のある”らしい”プレーを随所で見せた。

「実はレアルに悪いイメージはなくて。けっこうやらせてくれるんですよ。スペースがあるし」

 ドルトムント時代に対戦経験のある香川が、周囲と出来がちがったのは当然かもしれない。レアルは格下の相手と戦う時は、無理をせずゆったりと相手にボールを持たせるが、いざゴール前にたどり着くとそこから先は途端に厳しくなる。 それを香川は最初からわかっていた。

「あれが(対面する選手が)カゼミーロだったらもっと厳しかったかもわからなかったけど、けっこう、ある程度はやらせてくれたんですよね。最後3分の1くらいからきゅっと閉まるんだけど」

 それでもトップ下の香川はチャンスがあると思っていた。

「1、2本は絶対チャンスあると思っていた。でもきのうの(サラゴサの)メンバーみていたら俺しかいなかった。絶対チャンスはあるなと。狙ってはいたんだけど」

「クロース別格やね」

 ただ、久々に対戦するトップレベルの相手は、簡単にプレーさせてはくれなかった。

 78分、ペナルティエリア前で出した一本のスルーパスをフェルナンデス監督は絶賛した。これも久々のことではある。

「前を向いた時ああいうチョイスができているというのは感覚がいいです。すごく意識、ボールを受ける時のタッチだったり、相手との距離、視野、そういうものがここ数試合改善できてるかなと」

 それでも、手応え以上に強烈なのは、相手の凄さだった。

「でもあいつらの雰囲気と選手の体つきとかさ、セルヒオ・ラモスとか、バランとか、クロースとかすごかった。クロース別格やね。だからね(元バイエルンでドイツ時代を良く知っている)、すごい悔しかった。ホームで0-4はちょっとね……」

 手応えよりも悔しさ。口調は強くなった。

レアルについて、言葉が溢れてくる。

「レアルは横幅がすごい、幅を使うのがすごかった。1人1人の距離感は守備の時も攻撃の時も幅がある。プレスに行くと、一発でサイド変えられて。マルセロはサイドハーフもカバーしないで上がりっぱなしなんだけど、セルヒオ・ラモスがその左までカバーしている。

 その幅をつくためにこっちは出ていかないといけないけど、守ってから出ていく体力がない。あそこで攻撃に出られたらチャンスだけど、出られない。攻撃もマルセロが上がってて、とにかく攻撃の幅がすごい。クロースの左サイドでちょっとやって、サイドを変えてルーカス・バスケスとカルバハルを使ってくるし」

 レアルについて、言葉が溢れてくる。

 香川は今季2部でのプレーを選択するにあたり、レアルやバルセロナといった強豪と対戦したい気持ちに一旦蓋をした。だが、カップ戦で期せずしてやってきたレアル戦。思いは一言で言いあらわせるものではない。

「(対戦相手に)レアル来いって思ってた。中途半端に強いところに負けるくらいならね。トップの中のトップですから、実際対戦するといろんな感情が。やっぱり最高。やっぱりあそこを目指さなきゃいけないし。0-4でまけて、相手の涼しい顔を見てたら悔しくなってきて……。でも、それを味わえてよかった」

厳しい1年になることはわかっていた。

 厳しい1年になることは予測していた。それは1部で強い相手と対戦したり、ポジション争いするのとはまた違う厳しさだ。

「2部にいるわけだし、この1年は苦しむってわかってたし、周りからも厳しい目で見られるのもわかってた。でも、それに戸惑ってた部分もあるのは自覚してる。周囲の目に自分が惑わされてたのもある」

 2018-19シーズンはドルトムントでもベシクタシュでも十分な出場時間がなかったので、ピッチに立つことすらそう簡単ではないとわかっていた。それでも予想以上に苦しんだ。加えて前半戦は古傷の痛みが治まらなかったという。ようやく痛みなくトレーニングに取り組むことができたのは年が明けてからだ。

「W杯前に足首を怪我したのが慢性化してて、グロイン(鼠径部)にもきたし、バランスを崩して逆に来てって悪循環してた。それが今季前半でケアできて原因もわかって、痛みのない状況で練習できて試合できるのは本当に久々だった」

 レアル戦ではシュート4本と印象的なスルーパスが2本。香川ここにありという存在感を見せつけた。あらためて映像を見ても、サラゴサの攻撃の多くに香川が絡んでいる。

 それでも、試合後のミックスゾーンに来なかった理由はあるのか。それともちょっとした気まぐれか。

「僕の中では本当に悔しかったんですよ。喋れる状況じゃなかった。安易に答えたくなかったんですよね」

 冗談を交えたトーン、ではなかった。

彼らは戦いの準備を止めない。

 1月29日のレアル戦、後香川は再び負傷と復帰を繰り返している。スペインメディアからも厳しい目で見られている。一方でチームは昇格へ向けて順調で、香川がどう絡み、再び存在感を発揮して行くか、という時期に中断に入った。

 いつリーグ戦が再開されるのかもわからないし、欧州選手権は延期、2022年のカタールW杯にだってどのような影響が出るのかもわからない。それでも彼らは、いつかくるその日のためにトレーニングをやめないだろう。私もいつかくる再開の日を、彼らの活躍を思いっきり喜べるように、日々健やかに過ごすこととしたい。

(「欧州サッカーPRESS」了戒美子 = 文)