五輪の歴史上、初の大会延期が決定した。

 日本では変わらずに練習をできていた選手も多かったようだが、今回の新型コロナウイルスの影響で世界の多くの選手が練習環境がなくなったり、外出規制で練習ができない選手も多くなったりした。

 連日、悲痛な声を上げる選手たちの声が届いたのか、延期が決まり、安堵している選手や関係者も多いのではないだろうか。

 アメリカでは3月11日にNBA選手の感染が判明すると、NBAとNHLはリーグ中断、MLBは開幕延期をいち早く決め、練習場所も閉鎖した。また全米大学体育協会(NCAA)もリーグ中止を決定し、それに伴い、各大学の練習施設も閉鎖に追い込まれた。

サニブラウンも練習場所が閉鎖。

 陸上のサニブラウンも練習場所がなくなった1人だ。

 所属するフロリダ大学は新型コロナウイルスの影響で、3月上旬からオンラインでの授業への変更が決まっていた。スポーツ施設はかろうじて使用できていたが、3月11日を境にスポーツ施設が閉鎖に。

 サニブラウンや練習パートナーは同じ市内にあるトラックを使って練習を再開。ウェイトトレーニングは、同大学のウェイトトレーナーの自宅倉庫を改造した場所で行っていた。しかし使用していたトラックも閉鎖され、「また練習場所がなくなっちゃいました」とサニブラウンは話していた。

 結局、今週も使用可能な陸上競技場は見つからず、現在は大学敷地内の芝生などで練習を行っているが、サニブラウンと似たような状況の選手が世界中に溢れている。

 使用していた施設が閉鎖されたアメリカの陸上選手は、広場や公園、海辺の砂場などで、工夫して練習を行っているが、ハンマー投、やり投などの投擲種目は、当然ながら公園などでは投げることができない。1、2週間であれば体幹トレーニングで凌ぐことができるが、収束の兆しが見えない状況に焦りを募らせている選手も多かった。

水泳は陸上よりも厳しい状態。

 とはいえ、外で練習できる陸上選手は比較的恵まれた方かもしれない。

 昨年の水泳世界選手権で6冠のケーレブ・ドレセル、リオ五輪4冠のケイティ・レデッキーなどトップ選手も、大学施設の閉鎖とともに練習拠点を失った。アメリカの水泳選手の多くが、所属していた大学で練習するケースが多い。ドレセルはサニブラウンと同じフロリダ大学だ。

 オリンピックセンターに駆け込んだ選手、また自宅にプールを持つ人を探し、頼み込んで練習させてもらうなど、選手やコーチと奔走して練習場所を確保できた人もいるが、様々な制限があり、思うような練習環境とは程遠い。

 特別なプールが必要なダイビング、団体で行う水球やシンクロナイズドスイミングなどの選手には、この2週間ほどほとんどプール練習ができなかった選手もいたのではないだろうか。

 イタリア、スペイン、フランス、ドイツ、ポーランド、オランダ、ベルギーなどヨーロッパの多くの国々で外出規制が敷かれた。国によっては、単独で行うジョギングなどは許可されるケースもある一方で、不要不急以外の外出は禁止と厳しい規制をかけた国も多い。

 ルーマニア体操連盟、ドイツ陸上連盟は「屋外での練習も禁止。外出も避けるように」と公式に伝え、ほかにも多くの連盟が選手への自宅待機を呼びかけていた。

自宅に平均台を搬入した猛者も。

 そんな中、外出規制で練習場にいけないオランダの体操選手サネ・ウェイファースは、体操選手らしい(?)ウルトラCを披露している。

 リオ五輪で女子体操の平均台で金メダルをとった彼女は、なんと自宅に平均台を注文。アパートの壁にはしごをかけ、2階の窓から搬入し、5メートルの平均台をリビングルームに運び入れ、練習を始めている。さすがに平均台の上で跳躍したりはできないだろうが、感触を忘れないことも大切な練習なのだろう。

 地元ニュースに笑顔で話す姿をみると明るいニュースにも見えるが、練習できない焦り、不安などは想像を絶するものだったと思う。

イギリス陸連の対応が批判必至。

 練習場所がなく、助けを求める選手の手を荒々しく振り払ったのはイギリス陸連だった。

 トップ選手が練習するラフバラー大学の使用を、「五輪の標準記録を切っている選手とコーチ、練習パートナー、世界ランク上位のパラリンピック選手のみ」と発表。標準記録を切っていない選手たちは施設から追い出された。

 これは実質的に、「現時点で標準記録を破っていない選手には期待していない」と言うメッセージでもあった。

 これまでもイギリス陸連は、選手に対して「あなたは絶対にメダルをとれないから、標準記録を切っているけど世界陸上に連れて行きません」というメールを送るなど、選手に敬意のない態度を取ることが多かったが、今回の対応でさらなる批判が向けられることはまちがいない。

 練習ができない状態なのは、アメリカやヨーロッパだけではない。感染者が増えている中南米やカリブ海諸国も同様で、ジャマイカも今週の水曜日から陸上の練習場所が閉鎖。選手たちは各自、道路などで練習を行っているほか、2月に三段跳で世界新を出したベネズエラのユリマル・ロハスも「練習は禁止。自宅にいるように指示された」とSNSに書き込んでいる。

最初は明るく振る舞っていた選手も。

 練習場所がなくなり、「練習環境がないのにどうしよう」「練習ができない状態で五輪なんて迎えられない」と嘆くだけではなく、一歩進んだ発言をした選手たちも多かった。

 アメリカの棒高跳び選手でリオ五輪銀メダルのサンディ・モリスの言葉がとても興味深い。

 彼女は拠点のアーカンソー大学が閉鎖された際、「暗くなってる暇はないし、がんばらなきゃ」と、同じ陸上選手の夫と近くの公園などで基本練習をする動画をSNSに上げるなど、ポジティブに振る舞っていた。

 しかし刻一刻と悪化する状況を目の当たりにし、自分たちの行動に疑問を持ち始め、声を上げた。

「スポーツ選手は基本的に自分勝手だけど」

「スポーツ選手というのは、基本的に自分勝手、自己中心的じゃないとできない。私も今までそうだった。自分はスポーツ選手だからと許される部分もあった。でも、今は違うと思う。オリンピックだとしても、自分勝手さは許されない。

 私たちが練習のために外出したり、遠征に行ったりすることで、自分はもちろん、自分の大切な誰か、会ったこともない誰かにウイルスを移してしまうかもしれない。それは『自分勝手ですみません』では許されない問題だと思う。スポーツ選手である前に、1人の人間。この社会で生きる一員として、どう振る舞うか考えなきゃいけない。そのためにも東京五輪は延期してほしい」

 サンディはそう訴えた。

 選手や関係者たちは延期決定の知らせに安堵をみせたが、同時に目の前に迫っていた目標が離れてしまったことに空虚感を感じている選手もいる。すぐに切り替えることは難しいと思うが、社会の一員として『正しい選択、行動をした』彼らが、来年、笑顔で東京に臨めることを祈りたい。

(「Overseas Report」及川彩子 = 文)