高校卒業を前日に控えた2月29日、河村勇輝はチームメートたちと3年間汗を流した福岡第一高の体育館にいた。

 1月から特別指定選手としてB1リーグの三遠ネオフェニックスに所属しており、卒業式には出られないはずだった。

 だが、新型コロナウイルスの感染拡大防止のためリーグ戦が中断され、高校側も体育館での卒業式を取りやめたことにより、急きょウインターカップ(WC)を制した3年生と新チームによる送別ゲームが実現。河村は負傷を避けるため、ヘッドコーチを任された。

「井手口(孝)先生から真剣勝負と言われていたんですけど、みんなの出場時間も考えながらやりました」

 仲間たちとはしゃいだ時間は格別だった。直後の卒部式で「お互い違う道に進んで、その場所で花を咲かせられるように頑張りたい。Bリーグやオリンピックに出てみなさんを招待できるようにします」と周囲に感謝の気持ちを伝え、高校生活を笑顔で締めくくった。

「身体能力はまねできないけれど」

 高校入学当初は「いずれは教員や公務員になろうかな」と考えていた。しかし結果を出し続けるうちにその思いは変わっていく。

 井手口監督の「一緒に日本一になろう」を合言葉に、夏場には多い日は1000本決めるまでシューティングを続けた。ステップバックやクイックリリースなどテーマを決めながら黙々と打ち続ける姿は、恩師が「お金を払ってでも見る価値がある」と称えたほどだ。

 2年冬にWCを制すると、3年夏にはアメリカでワークアウトも経験。本場の同世代のガードと接して身体能力の違いを見せつけられた。ハンドリング、ドリブルの力強さも彼らに比べて劣っていると感じさせられた。

「身体能力はまねできないけれど、それがない中でのスピードの生かし方や、テクニックで通用することを示したい」

富樫さんのように日本を背負って。

 やがて、プロ入りを明確に口にするようになっていた。

 そして、昨年11月のWC福岡県予選決勝では、福岡大大濠高を倒した直後、観客を前に「富樫勇樹さん(千葉ジェッツ)のように、体は小さくても日本を背負って世界と戦っていけるようになりたい」と宣言。理想は「試合を支配できる選手」だ。出場する試合を自在にコントロールする「日本一のPG」になった先にはNBAも見据える。

 今年1月から挑戦したB1での活躍ぶりは衝撃的だ。

 デビュー戦となった1月25日の千葉戦で、自分のプレーが通用する確信を得た。同じく千葉との2戦目ではその富樫勇樹とマッチアップし、いきなり21点。3戦目の新潟戦も元日本代表の五十嵐圭から「狙って」4点プレーを決めてみせた。リーグ中断前の3月15日時点で、1試合平均12.6得点、3P成功率は37.3%。トランジションと3P、粘り強い守備は、日本のトップカテゴリーでも十分通用することを証明した。

ラマスHCも代表入りの可能性を示唆。

 もっとも、河村を3年間見守ってきた監督に驚きはなかった。

「3年夏の時点でB1でも通用すると思っていた。実際、(B1の試合で)河村の速攻についていけていない場面が目立っていたほどだからね。仲間のことを考えすぎず、自分のプレーをすればいいと伝えましたよ。もっとやれる。プロは出場時間をシェアするようだけど、長い時間出してほしい」

 また井手口監督と親交が深く、女子日本代表元HCで浜松・東三河フェニックス(現三遠)のHCも務めた中村和雄氏は「東京五輪代表に選ばれるべき」と若い才能への期待を隠さない。日本代表のフリオ・ラマスHCも代表入りの可能性を示唆している。

 近い将来の代表入りについて、井手口監督の見立てはより現実的だ。

「いまの大学やB1はハーフコートオフェンス主体のチームが多い。セットオフェンス中心なら、あの身長は厳しかったかもしれない。でも日本代表が世界に対抗するにはトランジションと3Pが欠かせないはず。そのスタイルを確立する上で河村のスピードを使わない手はない。女子代表には『これがジャパンだ』というものがある。男子も世界をうならせるものがないと」

チームを勝たせる正PGにならないと。

 そしてこう続ける。

「河村には運がある。世代別の代表に入って、高校日本一になり、B1も経験して東海大に進む。B1入りに関しては、これまではなかったこと。過去の教え子に私が『卒業のお土産』として渡せなかったということもあるけど、どれも自分の努力でつかんだもの。どこにもマイナスイメージがなく、関わったすべての人の利になる存在なんだ」

 B1でプレーするようになりメディア露出も増したが、父・吉一さんから「スターじゃないんだよ。いち高校生なんだよ」と諭され、自身もその振る舞いに気を配る。日本代表入りの可能性についても冷静に受け止めている。

「チャンスをもらえるようにアピールはしていきますけど、まだまだ。B1を経験して、日本を背負える実力が今はないと感じた。代表入りするからには正PGとしてチームを勝たせる選手になってからでないと」

「自分を通じて興味を持って」

 輝かしい実績を残した高校3年間はもう過去となった。4月から大学バスケット界屈指の強豪・東海大に進学する。B1クラブ以上とも言われる恵まれた環境で、課題ととらえているフィジカル強化に取り組む。彼を突き動かすのは「バスケットをもっとメジャーにしたい」という強い使命感だ。

 昨年9月のワールドカップは5戦全敗で32チーム中31位に終わった。八村塁がNBAのワシントン・ウィザーズに入団して活躍するが、「野球やサッカーに及ばない。バスケットを知らない人も自分を通じて興味を持ってもらえたら。日本代表が強くなれば発展していく」。

 高校3年時の大会プロフィールには身長172cmとある。167cmの富樫からは会うたびに「身長、盛っているでしょ」と茶化されるという。ただ、「小さい選手が活躍した方がインパクトを残せる」と、どこまでも前向きだ。18歳の小さな背中は、日本バスケット界の未来を背負うべく、日に日に大きく逞しくなっている。

(「バスケットボールPRESS」古川明 = 文)