<新型コロナウイルス感染拡大の影響で、中断から約1カ月が経過したJリーグ。4月上旬の再開を目指すものの、村井満Jリーグチェアマンが「最後の最後の手段」と話した“無観客試合”でのリーグ再開もゼロとは言い切れない状況になってきた。もしそれが現実となったら、選手にとってどういう影響を与えるのか。水沼貴史氏に解説してもらった。>

 無観客試合と聞いて思い出すのは、2005年のドイツW杯予選。中立国であるタイで開催された日本vs.北朝鮮戦です。私も含め、多くの報道陣が押しかけたことで見ている側としてはそこまで“異様さ”を感じることはなかったのですが、ピッチに立つ選手はやりづらそうにしていましたね。

 ガランとしたスタジアムに、まるで紅白戦のような雰囲気。サッカー選手も人間ですから、いつもとは異なる環境下では、プレーの強度や判断にも少なからず影響が出てくるのは仕方ないでしょう。

 ただ、印象深かったのは、スタジアムの外から声援を送ったサポーターへの感謝の気持ちを選手が強調して話していたことですね。試合を見ることができずとも現地まで足を運び、日本代表を後押ししてくれた。その試合は2-0で勝利を収めましたが、選手たちはいつも以上に、その「声」に大きな力を感じたはずです。

無観客で一番難しい気持ちの部分。

 選手たちにとって「無観客試合」で一番難しいのはモチベーションのコントロールではないでしょうか。

 今回、村井チェアマンも話していましたが、サッカーにはサポーターの声援によって突き動かされる場面が多々あります。ギリギリのところで足が出るシュートストップに、アディショナルタイムでのカウンター……声の力を受けたプレーは、勝敗さえも覆ることがある。ピッチに立った経験がある人は、その底知れぬパワーを理解しているはずです。

 私が初めて“大観衆”を前にプレーしたのは高校サッカー選手権。高校生が超満員の国立競技場のピッチに立ったわけですが、当然、緊張はありました。

 ただ、それよりもこんなたくさんの人たちの前でプレーできるという「喜び」が勝り、いつも以上の力が発揮できたように感じます。その後の天皇杯、Jリーグ開幕もそうでした。かつての日本リーグ時代は、毎度ほぼ無観客試合のようなものでしたから、その光景を知る人にとっては、あの感情はなかなか代え難いものがある。

 改めて今回のような事態になると、観客の方々に見てもらう中でプレーできるというのは、当たり前じゃないんだなと再認識させられますね。

「1人対5万人」のコミュニケーション。

<これまで日本サッカーの発展に貢献し、今もなお近くで見続ける水沼氏は「観られる」ことがいかに選手にとって大切かをさらに教えてくれた。>

 観る人たちを楽しませたいというのは、サッカーに限らず、プロアスリートの原点です。

 例えば5万人の大観衆が見守る中でボールを持ったとします。その視線のほとんどが自分に集まりますよね。そこでドリブルで相手をかわしたり、華麗なパスを通すと「ワッ」と沸く感覚があるわけです。そういった感嘆の声は、応援の歓声とはまた違う。選手はその時に「あっ、自分のプレーが伝わったんだ」と感じるんです。言い換えれば「1人対5万人」でのコミュニケーションを取るような感覚です。

 記事などで反響があることもそう、SNSで「いいね」がたくさんつくこともそう。自分の意思や考えていることが多くの人に伝わった時は嬉しいですよね。アスリートにとっても同じように自信となります。

 もちろん、伝わらないことの方が多い。でも、その共感を繰り返していくことは選手にとっても大事だし、楽しさでもあります。その成功体験の積み重ねが成長につながるんです。

 Jリーグとしてもこれまで多くの人に支えられてきたことが、ここまでの急成長につながっていると思う。それだけ観られることはプレーヤーにとって大きいことなんです。

新シーズンに臨むくらいの気持ちで。

<3月23日時点では、Jリーグ再開の見通しは未だ不透明のままだ。いつ再開になるかという、未知の時間を過ごす選手たちの体調管理にも水沼氏は気遣っていた。>

 ヨーロッパのリーグもまた日本と同じように中断され、クラブ活動自体を禁止されているところが多いようですね。幸い、Jクラブは現状では活動が許可され、チームのマネジメントに合わせてコンディションを維持できる環境があります。

 ただ、体とともにメンタルのコントロールも重要。トレーニングマッチなども組まれているようですが、それを実際のリーグ戦に置き換えたイメージを持つことが大事だと思いますね。開幕戦こそ消化しましたが、それをリセットして、新たなシーズンに臨むぐらいに考えた方がいいかもしれません。

 家族を持つ人、または地域の差などによって選手が置かれる立場はさまざまだと思いますが、どんな状況であれ、ピッチに立ったらプロとしていつものプレーの強度を保たないといけない。難しい状況ですが、ここを乗り越えて、ベストパフォーマンスが出せるよう慎重に過ごしてほしいなと思います。

伝える側としてもやるべき準備を。

 準備という意味では、我々伝える側もやるべきことを整理する必要があります。すでに他競技でも無観客試合の中継は行われ、プロ野球のオープン戦では、打球音など臨場感ある音を伝える工夫がなされていました。大相撲では横綱の土俵入りの際、行司が「静粛に」という意味合いなのか、シーッと音を出していることに気づきました。こういう時だからこそ、普段の中継では気づけない発見もできるでしょう。

 90分間動き続けるサッカーの場合は難しいですが、例えばセットプレー時の指示の声などはいつもより拾えるかもしれません。選手のプレー選択の意図を汲み取ることを意識してお伝えできれば、また違った楽しみを提供できるのではと思います。

 ここまで「無観客試合」を想定してお話ししましたが、やはりそうならないことがベストです。サポーターあってのJリーグですから、1日でも早く日常が戻ってほしいなと思いますね。Jリーグは、村井チェアマン始め、たくさんの方々が再開へ向けて奔走しています。選手も我々も今できることを考え、また多くのサッカーファンを楽しませる環境を作っていきたいと思います。

(構成/谷川良介)

(「水沼貴史のNice Middle!」水沼貴史 = 文)