3月10日、新型コロナウイルスの拡散を防ぐため、無観客のメスタージャで行なわれたバレンシアvs.アタランタ。アタランタの攻撃を牽引していたイリチッチはベンチに手を挙げ、交代を要求した。肩で息をしているのは誰の目にも明らかだった。

 その権利はあった。すでにハットトリックを達成。そのうち2つはPKによるものだが、ファウルは彼の突破が誘ったものだった。

 しかし78分にプレーが切れたとき、ベンチが呼び戻したのはゴメスだった。ガスペリーニ監督は試合後、地元メディアにこんな裏話を明かしている。

「彼は3-3になったとき交代を要求していた。でもピッチに残し、先にパプー(ゴメス)を呼ぶことにした。4点目を取らせるためだ。彼に言ったんだ。『1分くれ。そうしたら交代させるから』と。何か1つアクションを起こすと疲労が溜まってくるのは分かっている。でも2分もたてばもっと強くなる。だから言ったんだよ『4ゴール目が取れるぞ』と」

4ゴールのイリチッチは結局……。

 他ならぬイリチッチが鮮やかなカウンターからシュートを突き刺したのは、その4分後のこと。味方が左をスピーディーに崩すのに呼応し、開いたゴール前にスルスルっと顔を出すと、フリーで左足を合わせる。ゴールを決めた彼はその後もピッチに残り、結局フルタイムを戦い抜いた。

 かくしてイリチッチはCL決勝トーナメント、敵地での1試合で4得点を決めた初の選手となったわけだが、それはまさに指揮官の目論見によって成されたことだった。

 32歳でCL初出場となったイリチッチを筆頭に、アタランタのほとんどの選手が、このコンペティションに初めて臨んでいる。

 そんな集団は大舞台で萎縮するどころか、緻密に練り上げられたチーム戦術のなかで大胆に個人技を仕掛け、ゴールを積み上げている。

27台ものバスでサン・シーロへ。

 バレンシアとの2連戦は、その力を存分に示したものだった。

 2月19日に行なわれた第1レグが、すでにベストに近い内容だった。アタランタの本拠地ベルガモのスタジアムはUEFA主催試合の開催規格を満たしていなかったため(現在は2021年の完成を目指して改装中)、サン・シーロを借りて開催された。

 その試合に集まった観衆は4万人超。インテルやミランの試合なら7万人を越すこともあるが、ベルガモの人口12万人の3分の1を越す人々が来場したと考えれば、その凄さが分かる。サポーターズクラブがチャーターしたバスは、なんと27台にも上ったという。

 長いことセリエA残留を確保できれば御の字だったおらが街のクラブが、創立以来初のCL参戦を果たしただけではなく、決勝トーナメントまで駒を進めてしまう。

 ファンの想像を超える舞台に到達したチームへの期待は大きいが、アタランタは押し潰されることなく、ボーナスステージという意識で気を抜くこともなく、自分たちのサッカーをやり抜いた。バレンシア相手に62分までに4ゴールを奪ったのである。

連動を極めた3-5-2で相手を制圧。

 ガスペリーニ監督が選択したのは、3-5-2のシステム。ただしセンターフォワードとなる選手は置かず、削った枚数は中盤に充てて守備と攻撃の切り替えの強度アップを図った。3連敗から決勝トーナメント進出を勝ち取ったグループリーグのなかで固めた戦い方だ。

 組織守備は、マンマークをベースとした独特の守備を徹底。ボールを保持する選手だけでなく、パスを受けようとする選手にも1人1人マークをつけて、相手チームのパスコースを細かく分断していく戦術だ。

 そうして選択肢を狭めたのち、ボールを持つ選手に人を集めて奪う。数的優位の状態が局地的にできているので、ボール奪取の瞬間ワンタッチでパスを交換し、サイドへと展開。3人あるいは4人で三角形ないしは四角形を作っての連動ができ、その間で素早いパス交換が行なわれるという算段だ。

 この動きの連動に、バレンシアはついていけなかった。

 並び上は2トップのゴメスとイリチッチは中央に張らずサイドに、また中盤に下がってサイドの組み立てにも加わる。横に拡げられたDFラインの中央に、中盤の選手が次々と飛び込んでくる。そして、身体に染み付いた連係のもとで動く選手たちは、自信を持って個人技を仕掛けてくるのである。

戦術と個人技の融合で奪った得点。

 ゴメスが左からクロスを上げれば、右アウトサイドのハテブールが中へ絞ってボレーで合わせる。バレンシアの守備陣がサイドを気にして中央の守備を緩くすると、今度はイリチッチが中央から崩していく。その連続……。

 得点は戦術と個人技の融合によるもので、3点目は精力的なプレスから相手に先んじてルーズボールを拾ったフロイラーが、まるで往年のデルピエーロかと見紛うような右足インフロントで巻いたゴールだった。

 止めの4点目は、相手の攻撃を受けながらのロングカウンター。前線で巧みなパス交換を織り交ぜながら、最後は縦に激走したハテブールが前線へ飛び出す。そのままネットを揺さぶってみせた。

 ただ、舞台はCLである。個々の技術が高い相手を走り込んで押さえ込んでいくのは、やはり大変な作業である。いつもは試合終盤まで攻撃を続けられるアタランタも、1点を返されたのちは足が止まり防戦一方になった。

「バレンシアの中盤がとても良く、自分たちが慎重になりすぎた時間帯もあった」とガスペリーニ監督は記者会見で語っていたが、第2レグを考えれば不安要素でもあった。

 しかし彼らに、ペースを落として試合をコントロールする考えはなかった。指揮官は「我々にそういうことはできない」と開き直り、第2レグでも同じようなゲームプランを立ててきたのだ。

限界のさらに上を引き出す指揮官。

 そうして迎えた第2戦の開始3分。右サイドをスピーディーに崩し、最後はイリチッチがファウルを誘ってPKを奪い、決定的なアウェーゴールを奪ったのだ。

 その後ミスにつけ込まれて同点とされるも、攻撃の姿勢は変えない。前半終了間際にPKを奪取。諦めず攻めてくるバレンシアにあっさり隙を与えて2ゴールを奪われたものの、それでも攻撃を続ける。

 そして、追い上げを図るために飛ばし過ぎた相手がペースダウンするのを尻目に、得点を重ねていったのである。冒頭で紹介した通り、そこには選手たちの能力を理解しながら、限界のさらに上を引き出そうとするガスペリーニの指導があった。

「試合結果は内容を反映していない。彼らのゴールはみなゴラッソばかり。そんなことはそうそう続くものではない」。第1レグ後、バレンシアを率いるアルベルト・セラーデス監督は語っていたが、完全な見当違いとなってしまったわけだ。

ユーべ会長がまさかのコメントも。

 試合の数日前、ある人物がアタランタの8強進出に、疑問を呈した人物が現われた。

「アタランタのやっていることに尊敬の念を持つが、パフォーマンスが良いことを理由に国際的な伝統のないクラブが欧州の舞台に上がるのは正しいのか?」

 ユベントスのアンドレア・アニェッリ会長である。

 ただし彼らは、突発的に良い成績を挙げたわけではない。最近は育成だけでなく収入も多く伸ばしており、ガスペリーニ監督のもとで伸びたチームには下部組織上がりの人材が常に使われている。

 そうした文化のもとで発展してきたクラブが、マンチェスター・シティ相手に堂々と戦い、シャフタールやディナモ・ザグレブなどのCL常連チームを破り、ベスト8入りを果たしたのだ。

 セリエAでも気がつけば4位。上手く進まないスタジアムの専有とリニューアルという不安はあるにせよ、彼らに高みを見据える資格がないとは思えない。バレンシアとの2連戦は、そう強く思わせるほど素晴らしい試合だった。

1200名のサポーターが集えなかった。

 今回の2連戦で残念だったのは、メスタージャに集う予定だった1200名のアタランタのサポーターがそこにいられなかったことだ。要因は知っての通り新型コロナウイルスの感染拡大で、ベルガモの病院は過酷な感染者治療にあたる最前線の1つとなっている。

 遠征を予定していた1200人は、返金されたチケット代をすべて病院への寄付に充てた。その院長からは、試合後にチームに対して祝福のメッセージが届いたという。

 国内では広場などに人が集まることが首相令により禁止されているため、ベルガモの街の人は外で勝利を祝えなかった。

「大変な思いをしている地域のみなさんに喜びを与えられたことを、我々はとても嬉しく思っている」と試合後に喜んだガスペリーニ監督は、こうも呼び掛けている。

「リーグ戦の終わりかチャンピオンズリーグの終わりか、我々にはまだ一緒にお祝いする機会が残されている。お祝いは“この敵”を倒してからにしましょう」

(「欧州サッカーPRESS」神尾光臣 = 文)