逆足で、あそこまで冷静に蹴り込めるのか――。

 7日に行われたラ・リーガ第27節マジョルカvs.エイバルでの久保建英のゴールである。

 右からのパスを受けて、左足で一瞬持ち込むと見せかけて切り返し、右足シュート。グラウンダーのボールは反応が遅れたマーカーの足先、そして必死に手を伸ばした相手GKをあざ笑うようにゴールラインを越えた。

 久保の活躍で2-1とマジョルカが制したこの試合、30分遅れでキックオフされたリバプールvs.ボーンマス戦と並行して観ていた。リバプールのエースであるモハメド・サラーが相手マーカーが足を出すと読み切り、その股の間を通して相手GKの反応を遅らせた技ありの一撃の直後に、まるでプレイバックを見ているかのようだった。

 その技術と駆け引きの巧みさに驚いたのだろう。バルセロナの一般紙「ラ・バングアルディア」で、久保はこんな風に絶賛されていた。

「まるでマンガのような動きで主人公みたい。『オリベル&ベンジー(キャプテン翼のスペインでの名前)』の登場人物のように左足にボールをくっつけて、ピッチを自在に動き回った」

 記事ではきっちり「バルサの下部組織にいた」ことなどにも触れている。

 バルサよ、ほら言わんこっちゃない。レアル・マドリーに取られたの痛かっただろ?……というニュアンスが行間からにじみ出るのはご愛嬌だが、ここまで大きく報じられるとやはり嬉しくなってしまう。

現時点で「6得点」に絡む久保。

 エイバル戦のゴールで久保の今季リーグ戦成績(移籍情報専門サイト『transfermarkt』による)は以下の通りとなった。

 24試合3得点3アシスト。

 まだ18歳の選手がリーガ1部でレギュラーを奪うこと自体すごいことだが、結果もしっかりと残している。やはり今後の日本サッカーにとっての希望であることは間違いない。

 さて現時点で「6得点」に絡んでいる久保だが、過去の先輩たちは1年目にどのような成績を残したのか。

 以下、歴代欧州組アタッカーの「1部での1年目」の数字を見てみよう。『transfermarkt』のデータからゴールとアシスト数を調べてみた(アシストは判明分のみ)。まずは久保の所属するラ・リーガから。※は1月加入での成績だ。

城、西澤、大久保、家長……。

<ラ・リーガ>
城彰二(バジャドリー/1999-2000)※
15試合2得点
西澤明訓(エスパニョール/2000-01)
6試合0得点
大久保嘉人(マジョルカ/2004-05)※
13試合3得点
家長昭博(マジョルカ/2010-11)※
14試合2得点1アシスト

 以前は「海外組の鬼門」と呼ばれたリーガ。乾貴士や柴崎岳の奮闘によってそのイメージは払拭されたが、城、大久保、家長も複数ゴールをマークしている。特に大久保はデビュー戦でいきなり削られながらもシーズン最終盤には残留争いの中、ゴールでチームを救っている。それから15年後、久保が同じマジョルカで大久保と同じ役割を果たそうとしているのが感慨深い。

 家長の場合はヨーロッパ外国籍選手の保有制限で1月いっぱい出られなかった不運もあった中でレギュラーを確保した。現地マジョルカのメディアも、久保を報じる時に何かと2人の名前を引き合いに出している。

 なお久保の場合、相当数の決定機を作っているのだが、チームメートがフィニッシュを……というケースも多い。残留を争うマジョルカより1つ上のクラスなら、もう少しアシスト数も伸びていたのではないか。

ヒデの衝撃デビュー、俊輔のスーパーショット。

<セリエA>
三浦知良(ジェノア/1994-95)
20試合1得点
中田英寿(ペルージャ/1998-99)
33試合10得点
名波浩(ヴェネチア/1999-00)
24試合1得点
中村俊輔(レッジーナ/2002-03)
31試合7得点
柳沢敦(サンプドリア/2003-04)
15試合0得点
小笠原満男(メッシーナ/2006-07)
6試合1得点
森本貴幸(カターニャ/2006-07)
5試合1得点
大黒将志(トリノ/2006-07)
7試合0得点

 ここ四半世紀にわたってサッカーを見てきた日本人なら、フランスW杯直後の中田英寿は強烈に印象に残っているはず。開幕戦の王者ユベントス戦での2得点は、大げさでなく日本中に衝撃を与えた。

 中田はシーズン通じて活躍し2ケタ得点を奪ったが、これは開幕当初は降格候補筆頭扱いだったペルージャも、多士済々だったことも大きいだろう。

 後にクロアチア代表の飛び道具となるラパイッチ、物凄い短パンでビッグセーブを連発するマッツァンティーニらを寄せ集めたガウチ会長……。ガウチ会長は今年2月に亡くなったが、こういったプロビンチアの流れがたくましく生き残るセリエAはやはり魅力である。

 中村の数字も十分に凄い。2002年日韓W杯のメンバー落選直後でのセリエA挑戦。フィジカル的な課題を指摘する声が多かった中でもシーズン通じてレギュラーを守り切り、タフさを証明した。そして必殺のプレースキックでも、ホームのローマ戦でファーサイドに構えたGKペリッツォーリの頭上を撃ち抜くスーパーショットを決めている。

ブンデスにおける高原、香川の存在。

 続いてはブンデスなのだが、ここ10年で挑戦した選手が他リーグと比べて数多いため、こちらは「1部1年目に10試合以上出場した選手」に絞らせてもらう。

<ブンデス>
高原直泰(ハンブルガーSV/2002-03)※
16試合3得点1アシスト
香川真司(ドルトムント/2010-11)
18試合8得点1アシスト
※負傷で後半戦はほぼ離脱
矢野貴章(フライブルク/2010-11)
15試合1アシスト
岡崎慎司(シュツットガルト/2010-11)※
12試合2得点
乾貴士(フランクフルト/2012-13)
33試合6得点8アシスト
清武弘嗣(ニュルンベルク/2012-13)
31試合4得点11アシスト
大迫勇也(ケルン/2014-15)
28試合3得点4アシスト
原口元気(ヘルタ/2014-15)
21試合1得点2アシスト
武藤嘉紀(マインツ/2015-16)
20試合7得点4アシスト
浅野拓磨(シュツットガルト/2017-18)
15試合1得点

 21世紀のドイツサッカーにおいて「日本人アタッカー、結果残せそうだな」と思わせるに至ったのは、やはり高原と香川の存在があったからこそ。

 高原のブンデスでのキャリアハイはフランクフルト時代の2006-07シーズン、30試合11得点1アシストだろう。とはいえハンブルガーSV加入1年目から得点を奪っていたし、2004-05シーズンの31試合7得点2アシストも立派な数字だ。

 名将クロップのもとで輝いた香川については、2011年アジア杯で骨折して後半戦ほぼ棒に振ったのにこの成績である。

 当時から世界屈指の守護神だったノイアーのゴールマウスを2度打ち破ったシャルケとのレヴィア・ダービーは中田のユベントス戦とともに、海外組の伝説として語り継がれるレベルだ。負傷の癒えた香川は翌シーズンに31試合13ゴール12アシストの成績を残し、マンチェスター・ユナイテッドへと旅立っていった。

 なお2部経由での成功パターンの代表格は乾(ボーフム)と大迫(1860ミュンヘン)。1部からの挑戦で結果を残したのは清武と武藤だった。

ステップアップの代表例はオランダリーグ。

<その他リーグの主な選手>
小野伸二(フェイエノールト/2001-02)
30試合3得点6アシスト
本田圭佑(VVV/2007-08)※
14試合2得点
宮市亮(フェイエノールト/2010-11)※
12試合3得点5アシスト
久保裕也(ヤングボーイズ/2013-14)
34試合7得点5アシスト
南野拓実(ザルツブルク/2014-15)※
14試合3得点3アシスト
中島翔哉(ポルティモネンセ/2017-18)
29試合10ゴール12アシスト
堂安律(フローニンゲン/2017-18)
29試合9得点4アシスト
伊東純也(ヘンク/2018-19)※
13得点3得点2アシスト
(プレーオフの成績含む)

 いわゆる4大リーグではない国を選んで飛躍につなげるパターンは多く、その代表格はオランダだろう。その中で本田は冬の移籍でVVVに加わり、1年目は結果を残せずチームも降格。しかし翌シーズンは2部で36試合16得点14アシスト、MVPに輝いた反骨心はさすがだった。彼らの流れを受け継いでいるのはフローニンゲンを選び、PSVへと移った堂安である。

 久保裕也のスイスでの成功を契機に、近年はオランダ以外にもベルギーはじめ各国に活躍を求める選手が増えている。その中で中島はポルトガル、南野(2年目は32試合10得点4アシスト)はオーストリアを選んだ。

 オランダを含めて図抜けた数字を残す必要性があっても、しっかりと結果を残せばステップアップを図れる――。それは森保ジャパン2列目の主力である中島、南野、堂安、伊東が示している。

世界を凍り付かせる「一撃」を。

 さて冒頭に触れた同紙が、久保建英についてなぜこれだけ大きく扱ったのか。それは今週末行われるはずだった、マジョルカvs.バルサを煽る意味もあっただろう。残念ながら新型コロナウイルスの影響で開催延期となったが、それだけ現地でも注目度が高かったはず。

 昨年12月、久保にとって初となるカンプノウでの一戦は何度か特徴を発揮する場面を見せたものの、数字として刻みつけたのは「90分間のフル出場」くらいだった。

 だからこそいつかバルサ、そして他国のメガクラブを凍り付かせる一撃を――リーグ再開となった時には衝撃的なゴールシーンを創出し、さらに数字を伸ばしてほしい。

(「スポーツ百珍」茂野聡士 = 文)