3月16日に開幕する予定だったフィギュアスケートの世界選手権が中止となった。

 発表されたのは3月11日。開催地モントリオールのあるカナダ・ケベック州政府が決定し、国際スケート連盟、カナダスケート連盟に伝達。両者はその決定を受け入れ、双方から関係者に伝達された。

 前日まで、国際スケート連盟、カナダスケート連盟は開催する姿勢を貫いていた。

 3月10日、大会にかかわる関係者向けに必要な手続き(必要に応じて熱を測定し表に記入して提出すること、各々が大会期間中に心がけるべきことなど)を持参すべき書類のフォーマットとともに通知した。

 そのため、開催の是非をめぐり議論がなされてはいたものの、予定通り開催される可能性が高いと捉えられていた。

 一転、一夜にして覆ったことになる。

中止は妥当だが、選手の心中を思うと……。

 ひとつには、世界選手権中止が決定される前に出された、WHOによる「(現状は)パンデミックに相当する」という見解が影響していることは想像に難くない。

 どれだけ開催したいと考えていても、実質、世界各地での状況を見れば通常の実施は難しかったし、中止の決定は妥当であるだろう。

 ただ、選手の心中を思えば、別の思いも湧いてくる。

 長年、小さな頃から慣れ親しんだ練習場所、コーチのもとを離れ、環境を一新した宇野昌磨。

 苦しみながら今後を模索し、進路を見定めることができた彼にとって、世界選手権は楽しみな場だっただろう。

「挑戦すらできず、ひたすら虚無感でいっぱい」

 怪我などさまざまな障壁にぶつかりつつ、ようやく自身の求める滑りに近づき、2年ぶりの世界選手権代表をつかんだ樋口新葉。

「今までは挑戦して失敗して悔しい思いをしてきたけれど、今回は挑戦すらできず、ひたすら虚無感でいっぱい。大変だけど、みんなで頑張っていきたい」

 中止の報を受け、自身のツイッターで記した。

 おそらくは状況を考え、いち早くカナダ入りしていた紀平梨花もまた、大会に懸ける思いは強かっただろう。

 2月の四大陸選手権で連覇を果たしたあと、紀平は言った。

「たくさんやることがあります。(帰国しても)すぐに練習をします。いつも通り、休みはあまりないと思います」

「残念」と「安堵」、羽生の2つの言葉。

 羽生結弦もコメントを寄せている。

「中止になってしまったことは残念ではありますが」の出だしで始まったあと、こう語っている。

「選手のみならず、観に来られる皆さまや大会運営のスタッフの方々への感染拡大のリスクが、少しでも減ったことに安堵する気持ちもあります」

 選手たちはシーズンを通じて、世界選手権という舞台を目指し、日々取り組んできた。選手ぞれぞれに紆余曲折があり、その末に出場する権利をつかんだ。

 その時間があるから、無念の思いは誰にもある。

 一方で、ただ無心に大会へ向かうことのできない現在がある。それもまた、選手たち誰もが感じていたことだろう。「残念」と「安堵」、羽生の2つの言葉は、他の選手にも通じる、率直な思いではないか。

スポーツには「平和」な環境が必要。

 結局のところ、スポーツを思う存分に楽しむには、広い意味での「平和」な環境が求められる。

 分かりやすいところでは、戦争のもとではスポーツを楽しむことはできない。それを実感する先人たちは、平和を希求してきた。

 戦争という言葉を用いるのは大げさすぎるかもしれないが、いずれにせよ、世界選手権を開くにはふさわしい状況にはなかった。選手やコーチなど現場の努力を思った上で、そう感じる。

北京五輪の出場枠はどうなる?

 いずれにせよ、世界選手権は中止となった。

 それによって生じる課題は多い。

 世界選手権の代替開催を模索する動きもあり、今年の秋を検討する声も生まれている。

 だが、来シーズンも世界選手権があること、シーズン全体を通じた青写真、ピーキングを考えれば、シーズンの序盤と終盤、2度にわたって世界選手権を開催することは現実的ではない。

 また、世界選手権は、翌シーズンの世界選手権の国別の出場枠のかかる大会でもある。

 今回の世界選手権の成績により、来シーズン、各国から出られる選手の数が決まる仕組みになっている。そして来シーズンの世界選手権の成績は、2022年の北京五輪の出場枠へとつながる。

 そういう意味でも、出場枠の扱いをどうするかは、大きな課題となる。

 それ以外にも、課題はさまざま生まれる。

 でも、解決しなければならないし、解決する道はある。

 そのためにも、国際スケート連盟をはじめ、現場を尊重した熟慮が求められる。

(「オリンピックへの道」松原孝臣 = 文)