多くの関係者が懸念していたことが、現実となってしまった。

 ショートトラック、スピードスケートなどの大会の中止が相次いでいた中で、現地時間2020年3月11日の午後3時30分、カナダのケベック州政府が3月16日からモントリオールで開催される予定だった2020年フィギュアスケート世界選手権を中止すると発表した。

 世界保健機関(WHO)が新型コロナウイルスの「パンデミック」宣言をした数時間後のことだった。

 この発表を受けて国際スケート連盟(ISU)とカナダスケート連盟は、正式な大会中止通知を関係者に配布した。

「残念だが正しい判断」とネイサン・チェン。

 米国フィギュアスケート連盟(USFSA)はこの発表を受けて、急遽昨年とその前年の世界チャンピオン、ネイサン・チェンと、モントリオール世界選手権代表に選ばれていた2020全米選手権2位マライア・ベルの共同電話会見を行った。

 チェンはこの大会中止の知らせを受けた気持ちを、このように語った。

「すべての選手は、この大会のために長い時間をかけて練習し、準備をしてきました。でもこのウイルスがどれほど早く世界に広がっているかと考えると、正しい判断だったと思う。この決定が出される前から、ぼくは周りの人たちの心配をしていました。ラファエルは特に遠征で色んなところに行っていたので、大丈夫かなと思っていたんです」

 チェンのコーチであるラファエル・アルトゥニアンは、つい先日エストニアのタリンで開催された世界ジュニア選手権から戻ってきたばかりである。

「これでようやく、みんな自分の家などに落ち着いて滞在できることになったのはよかったと思う。でももちろんアスリートとしては、すごく時間を費やして準備をしてきたので、ちょっと残念な気持ちはあります」

「世の中にはスポーツよりも大事なことはある」

 またマライア・ベルはこう付け加えた。

「私もネイサンにほぼ同意します。アスリートとしては、とても残念。でも世の中にはスポーツよりも大事なことはあり、まず人々をこのウイルスの感染の危険から守らなくてはなりません。

 私は今季はとても良いシーズンだったので、これから来季に向けて準備をしていくのを楽しみにしています」

延期開催はどのくらい現実的なのか。

 奇しくも9年前のこの日、日本は東日本大震災に襲われ、予定されていた2011年東京世界選手権は中止になった。

 代替地として急遽名乗りを上げた候補の中からモスクワが選ばれ、4月末になってから2011年世界選手権は開催された。

 今回はISUは、「現在のコロナウイルスパンデミックの先が見えない状況を考慮すると、通常4月初頭で終わるシーズンを数週間伸ばしたとしても、延期あるいは代替地などでの開催は現実的ではない」としている。

 延期開催を全く諦めたわけではないが、あったとしても今年の10月以降、とのことだ。

 だが10月といえば、もう2020/2021年シーズンのシニアGPシリーズが開始される直前になる。そんな時期に2020年世界選手権の開催をすることなど、現実的に可能なのか。

 しかも来シーズンはすでに2022年北京オリンピックの前年。2021年世界選手権は、各国のオリンピック枠がかかってくる重要な大会なのである。

 1シーズンに世界選手権を2度やることになったら、選手としてはどう思うのかと聞かれて、チェンはこう答えた。

「理想的だとは言えないですね。もしそうなったとするとすごく奇妙な状況になるとは思います。それでももちろんぼくたち選手は、できる限りの準備をしていきますが」

幻となった豪華メンバーの開会式。

 ISUとカナダスケート連盟は、このモントリオール世界選手権のために多大な準備を重ねてきた。

 その1つは「スケーティングアワーズ」という新しい試みである。

 最も価値のあるスケーター、ベストコスチューム、もっともエンタテイメントなプログラム、ベスト新人、ベスト振付師、ベストコーチの6部門で、候補者の中からファンや報道関係者などがオンライン投票をし、その最終結果がこのモントリオールで発表される予定だった。

 またカナダスケート連盟は、つい2日前の3月9日に大会の開会式ではバーチュー&モイア、パトリック・チャン、ケイトリン・オズモンド、エルビス・ストイコ、カート・ブラウニングなど過去のチャンピオンたちが総出演し、ジェフリー・バトル振付の演技を披露すると発表したばかりである。

 この豪華メンバーの開会式も、幻のものになってしまった。

羽生の4アクセルもおあずけに。

 だが何と言っても日本のファンにとって残念なのは、羽生結弦の『SEIMEI』が見られなくなったことではないだろうか。

 今年の2月にSPはショパンの『バラード第1番』、フリーは『SEIMEI』に戻すと宣言した羽生。

 シーズン最後の大きな勝負に向けて、自分の呼吸にもっとも合う作品に戻した羽生が、モントリオールの氷の上で果たして史上初となる4アクセルに挑戦するのかどうか、大きな注目がされていた。

 だがそれも、しばらくおあずけとなってしまった。

 チェンやベルが口にしたように、現在の新型コロナウイルスの状況を考えると、中止はやむを得ない。

 選手や関係者、集まってくるファンたちの健康を守るためにも、正しい判断だったと言える。

 現在のこの状況が一日でも早く落ち着いて、ノーマルな生活が戻ってくることを心から願っている。

(「フィギュアスケート、氷上の華」田村明子 = 文)