9年前の東京電力福島第一原発事故で避難した縁で群馬県沼田市に移住した親子が、東京五輪の聖火ランナーとして今月31日と4月1日に県内を走る。福島にいる祖父母への思いや、受け入れてくれた地域への感謝を胸に聖火をつなぐ。

 市立沼田東中学1年の木幡(こわた)悠紀君(13)と会社員の父隆直さん(46)。東日本大震災当時、木幡さん一家は原発が並ぶ浜通りの福島県南相馬市で暮らしていた。2011年3月11日午後2時46分。当時4歳だった次男の悠紀君は隆直さんと車の中にいた。2人とも地面が波打つように大きく揺れた感覚は今もはっきり覚えている。初めて聞くような地鳴りもした。

 翌12日から福島第一原発で相次いで原子炉の建屋が水素爆発。1~3号機は炉心溶融した。第一原発から自宅までの距離は二十数キロ。半径20キロ圏内の避難指示区域ではなかったが、隆直さんの知人たちは次々避難を始めた。「このままじゃやばいかな。何を信じたらいいんだろう」。不安がこみ上げた。