「ここまで負けてしまったら、もうやるしかない」

 昨年9月の世界選手権に続き、同年12月の全日本選手権でも敗れた土性沙羅(東新住建)は、3月8日に行われた女子68kg級代表決定プレーオフに腹を括って挑んだ。

 当初この一戦は観客を入れて別会場で行われる予定だったが、新型コロナウイルス感染拡大を避けるため、二転三転の末にレスリングの強化合宿の拠点である「味の素トレーニングセンター」で無観客試合として行われることに。今回はマスコミの入場も規制され、協会広報と一部のテレビ局以外は会場に入れないという物々しさの中で行われた。

 選ばれし者もマスク着用はもちろん、入場前には体温測定や薄いゴム手袋の着用が義務づけられるなど、感染拡大防止策は徹底されていた。

リラックスして臨む土性。

 試合開始は午後12時30分。出場する選手たちは1時間ほど前からアップを始めた。観客がいないせいだろうか。会場となったレスリング場はいつもと変わらぬ空気が漂っていた。それでも開始30分ほど前になると、自然と緊張感が増してきたように思えた。

 そうした中、土性はいつも以上にリラックスしているように見えた。時間が経つごとにアップに熱が入る森川美和(日本体育大)を尻目にマイペース。セコンドについた川井梨紗子に髪の毛を整えてもらうなど、いつもと変わらぬ時間を過ごしていた。

「正直、緊張もしていたけど、体が動かなくなるほどの緊張はなかった」

 お世辞にも体調は万全とはいえなかった。リオデジャネイロ・オリンピック後は左肩のケガに悩まされ手術に踏み切ったが、昨年はヒザを故障してしまい、得意とするタックルのフォームを崩してしまった。  

 今年1月の時点では、ヒザはまだ完治にほど遠い状態だったと振り返る。

「おかげで、なかなかレスリングをしっかりするような練習ができなかった」

あえて2週間マットから離れた。

 焦りがなかったといえば、嘘になる。

 土性は「再び私はマットに戻れるのか」という不安があったことを隠さない。それでもあえて2週間ほどリフレッシュするためにマットから離れた。

「気持ちを切り換えるために、一度リセットしないといけないと思ったんですよ。そうしたら、また頑張ろうという気持ちが勝手に出てきた。やっぱりレスリングが好きだったのかな」

 プレーオフを争ったのは、昨年12月の全日本選手権準決勝で土性から初勝利を挙げ、その勢いで初優勝を果たした森川だった。

 日体大に進学後、森川は細かい組み手のテクニックを学び台頭。持ち前の柔軟性に富んだ体を活かしたレスリングで土性にアタックしたうえでの優勝だった。

 そんな森川に対して土性は「無理やりタックルに行かない」という作戦を立てた。

「全日本選手権では、自分がタックルに入っても体の柔らかさでとれなかったり、返されたりしていた。なので、今回はそこを意識して闘うようにしました」

登坂、川井からのアドバイス。

 案の定、自分からタックルに行くことはできなかったが、逆に不必要に仕掛けて返されるという展開は皆無だった。1-0と僅差のリードで迎えた第2ピリオド、勝負を決したのは森川のタックルをかわした刹那、土性がバックをとった攻防だった。

「とれるところでとらないと厳しい闘いになることを予想していたので、あの場面では何が何でもとらなければいけないという気持ちでした」

 セコンドについた先輩の登坂絵莉、同期の川井梨紗子からのアドバイスも役立った。前日、リオの前にはいつもふたりで居残り練習をしていた登坂からはこんなメッセージをもらったという。

「相手のペースに呑み込まれないように、しっかりとやり切って」

 川井からの言葉も胸に刺さった。

「たった6分間、ずっと攻めなくてもいい。闘い抜いてとれるところでとって」

 これまでは自分で考えて闘うことが多かったが、今回ばかりは周囲のアドバイスをしっかりと取り入れるように心がけた。

リオが100なら、まだ半分。

 新型コロナウイルス騒動のことにまで気を使う余裕はなかった。

「本当に私は試合をするだけだったので、とくに意識することはなかった」

 一度練習から離れたことで、ヒザはかなり回復していた。それでも、プレーオフ後、土性は今回痛み止めの注射を打ってマットに上がったことを打ち明ける。

「リオの時は今までで最高と思えるくらい調子が良かったけど、その時を100としたらまだ半分くらい」

 左肩は問題ないものの、右肩はゆるくなっているので今回もテーピングで補強した上でマットに上がった。肩とヒザ。東京オリンピックまでに、土性のコンディションはどこまで回復しているのか。

(「オリンピックPRESS」布施鋼治 = 文)