滑走音が広い空の下に響く。

 冬晴れの1月中旬、神奈川県にある公園の一角。黒キャップに白いパーカー、ジーンズに身を包んだ青年が足をスケートボードに乗せ、走ってくると、トリック(技)を繰り出す。そのさまは、ボードが足元に吸いついているかのようだ。

 失敗すれば、「ああ」と悔しがる。何度もチャレンジする。そこに限りない真摯さが漂う。

 ついに成功する。

「やっと決まりました」

 白井空良は笑顔を見せる。

 東京五輪の代表を目指し、そしてメダルを目標に掲げるトップスケートボーダーの1人だ。

五輪予選を兼ねた大会で優勝。

 スケートボードは2種目あり、白井が取り組むのは「ストリート」。手すりや階段などを模した構造物(通称セクション)が配置されたコースで実施され、選手はそれらを使って技を繰り出す。

 2月20日の時点で、白井のストリート男子の世界ランキングは4位。
数々の大会で残した成績に基づくこの順位が、白井が備えた実力を物語っている。

 躍進を遂げたのは2019年の終盤からだった。

「去年は、自分がいちばん驚いているけれど、すべてがうまくいっていました」

 11月には、リオデジャネイロで行なわれたSTUオープンで優勝。五輪予選対象大会での優勝をこう振り返る。

「世界大会での優勝って、夢のまた夢だったので驚きました」

スキルが上がった理由とは?

 そして成長の要因を、こう語る。

「世界大会に出始めて、世界レベル、トップの選手とのレベルの差を知って、すごく練習するようになり、スキルが上がりました」

 単純に練習量を増やすのではなく、難しい技に時間をかけて打ち込むなど、内容が変わったという。

 白井がスケートボードを始めたのは5歳の頃。両親に勧められたのがきっかけだった。

 いつのまにか、スケートボードの魅力にのめりこんでいた。

 自宅から「自転車で15分くらい」のところに、スケートパークがあった。学校が終われば、通って練習してきた。

 いつしか、大会でも活躍し、国内で知られる存在となっていた。

「今は1日に4、5時間、練習しています」

「英語はできないけれど、雰囲気で伝わってきます」

 白井をそこまで向かわせるスケートボードの魅力は何か。

「技ができたときの達成感がいちばんうれしいですよね」

 大会を重ねる中で、さらに魅力を感じた。

「技をメイクした(技を決めた)とき、周りのみんなも喜んでくれるんです」

 それは国内に限らない。

「海外でも、『すごいね』とか『そんな技できるんだ』と言ってくれるんです。英語はできないけれど、雰囲気で伝わってきます」

 スケボーに取り組む国内外の選手たちは、競い合うライバルでありつつ、技に対して称賛を惜しまない、そんなスケートボードの文化もまた、白井が打ち込む原動力となった。

「世界の誰もできない、自分だけの技をする」

 何よりも、ずっと抱えてきた思いがある。

「世界の誰もできない、自分だけの技をする」

 もっとうまくなりたい、そしてみんなをあっと言わせたい、そんな欲求が、彼を駆り立ててきた。

 他の競技のように、常に見てくれるコーチがいるわけではない。自身で動画などを参考にしつつ、研究を重ねてきた。

 何度失敗しても、繰り返し練習し続けてきた。

「親への一生の恩返しになると思う」

 そしてスケートボードが初めて採用されたオリンピック、東京大会が近づいている。

「以前は、取材のとき、『あまりオリンピックに興味はない』と言っていました。でも世界大会に出るようになって、オリンピックに出たいと思い始めました。今はオリンピックに出て金メダルを獲得することがいちばんの目標です」

 金メダルを目標にするのは、世界一になりたいという自身の気持ちとともに、周囲への感謝があるからだ。

「金メダルを獲ることによって、親への一生の恩返しになると思うし、支えてくれた人たちのためにも、すごく獲りたいんです」

 そんな思いに、白井の心根、性格がうかがえた。

 今年3月をもって高校を卒業、進学はせずスケートボードに取り組んでいく。

 それもまた、スケートボードへの愛着と、覚悟の表れだ。

(「オリンピックへの道」松原孝臣 = 文)