スペシャリストが真似できないキックって?

 ラグビー特集となったNumber996号で五郎丸歩と田村優、ワールドカップの日本代表プレースキッカーである2人を、慶應義塾大学ラグビー部の栗原徹監督が解説する企画を実施した。

 彼は精度の高いキックを持ち味に2003年のワールドカップ(オーストラリア)で40得点を挙げるなど、五郎丸が更新するまでワールドカップ日本人最多得点記録を保持していたレジェンドの1人。

 キック指導の第一人者としても知られる彼に、マニアックに詳しく分かりやすく2人のプレースキックを語ってもらった。

 そんな折、彼がボソッと漏らした一言が気になった。

「指導者になってからもいろいろと研究させてもらっていますけど、もちろん五郎丸選手の蹴り方も田村選手の蹴り方も真似できます。トップリーグで言えば、ダン・カーター選手以外なら大体、真似できますね」

 ん!? ダン・カーターのキックはなぜ真似できない!

テストマッチ1598得点という世界最多得点記録を誇る。

 Number本誌の企画からちょっと脱線した未公開話を掲載させていただく。

 今さら説明は不要だろうが、神戸製鋼コベルコスティーラーズでプレーするSOダン・カーターは世界的なスーパースターだ。

 オールブラックスでテストマッチ1598得点という世界最多得点記録を誇り、2連覇を遂げた2015年のワールドカップでは決勝でドロップ・ゴールを決めて勝利を確実にするなどオールブラックスファンを熱狂させてきた。ワールドラグビーの年間最優秀選手賞にも3度選ばれている絶対的な存在である。

若いときから変わっていない。

 来日1年目となった昨季、チームを15シーズンぶりに優勝に導いてトップリーグ年間最優秀選手賞を獲得。2連覇を目指す今季も開幕から4連勝中だ。3月で38歳を迎えるダン・カーターは今なお健在である。

 彼のプレースキックには一体どんな特徴があるのか。

 栗原はリスペクトをこめて「ただただカッコいい。若いときから変わっていませんから」と前置きしてから語り始めていく。

「世界的に見てもこういう蹴り方の人は少ない」

「短い距離では軽く蹴りますが、距離が伸びてくるとボールをセットして真横に近い角度に、レフティーですから右から入って左足を振っていきます。(インパクトの瞬間は)上体を倒し気味に、軸足をひねって蹴り足を振り抜く。真横からの入り方なので(右方向に)引っ張るというイメージの蹴り方。

 これはダン・カーター独特のキックであって、世界的に見てもこういう蹴り方の人は少ない。というのも足に相当な筋力がないと成立するのが難しいし(足に)ストレスも掛かってしまう。

 実際、2011年のワールドカップでは大会期間中にキックの練習で内転筋を痛めてしまったというのもちょっと頷けるところはあります。しかしこれで彼は世界を極めてきたわけなので、ずっとこの蹴り方を彼なりに磨いてきたのだと言えます。

 実は僕も何回か練習で真似したことがあるんです。でもダン・カーターのようにうまく引っ張れない。真横に近い角度から入るのでどうしても窮屈な蹴り方になってしまいますから」

 真横に近い角度から入って、遠心力と筋力を使ってボールを引っ張る技術。

筋力的にこの蹴り方が難しくなってきた?

 しかし、世界のダン・カーターも40歳に近づいてきて「キックをどう変化させていくか」に栗原は注目しているという。

 キヤノン・イーグルスとの開幕戦(1月12日)。13分、ゴール右からのコンバージョンキックで引っ張り切れずに失敗したシーンがあった。

「もし引っ張り切れないシーンが増えていくようだと、筋力的にこの蹴り方が難しくなってきたということなのかもしれません。足へのストレスは、ケガにもつながりかねない。

 偉大なスーパースターがそう感じたときに、どのように蹴り方をアレンジしてくるのか、それともアレンジしないでチャレンジしていくのかというのは、僕だけじゃなくて世界が気に掛けていることだとは思います」

感覚派か、制限派か。

 Number本誌の記事では五郎丸や田村の解説に加え、栗原はパナソニック・ワイルドナイツの竹山晃暉について「次期日本代表キッカー候補になる」と語っている。

 また、今季のトップリーグの外国人選手ではダン・カーターとともに日野レッドドルフィンズのジャック・デブラシーニに注目しているという。

 ニュージーランド出身の26歳。今季から日野に加入した大型SOだ。

「スーパーラグビーでは有名なキッカーでしたし、ホンダ(・ヒート)でもプレー経験がありました。キッカーのタイプで敢えて分類するとしたらバリバリの感覚派ですね」

 感覚と対を成すのが制限。

 イングランドの英雄ジョニー・ウィルキンソンが制限を重視した流れは今も続いている。

 ボールへの入り方、蹴り方などに制限をつけておくことで、成功しなかったときに振り返って修正しやすいのだと栗原は言う。「動きを制限せずに感覚に頼ってしまうと振り返ることができない」とも。

ワールドカップでは感覚派が増えた。

 だがデブラシーニの蹴り方はそれと明らかに一線を画す。

「リラックスして、自分の感覚を凄く大事にして蹴っている。気持ち良く飛ばせているし、さすがにキックの感覚も優れている。ただ入らなくなったときにどう修正できるかは見ておきたいところ。

 今回のワールドカップではアルゼンチン代表ニコラス・サンチェス、イングランド代表オーウェン・ファレルら感覚派が増えました。自分に合うやり方を持っていればいい、という時代に入ってきたのかもしれません」

 栗原の現役時代はウィルキンソンのコーチに師事していたこともあって感覚と制限のバランスを自分なりにうまく調合しながら、自分のキックを確立していった。

 型として真似が難しいダン・カーターのキックと、真似はしやすくとも型がないフィーリング的な難しさがあるデブラシーニのキック。

 世界的なキックの潮流がどうなっていくのか。今季のトップリーグを見ていけば、自ずと方向性が見えてくるのかもしれない。

(「ラグビーPRESS」二宮寿朗 = 文)