! 日中戦争のために開催を返上した1940年の「幻の東京五輪」で、香川県出身の洋画家・猪熊弦一郎(1902~93)あての手紙が見つかった。当時34歳で大会ポスターの審査員を務めていた猪熊に、五輪の組織委員会長だった徳川家達(いえさと)が送っていた。丸亀市猪熊弦一郎現代美術館が所蔵品から見つけ、発表した。

 「幻の東京五輪」と呼ばれる第12回大会は、アジア初の五輪として東京が招致に成功。しかし、開催2年前の38年に日中戦争を理由に返上した。徳川家達(1863~1940)は、江戸幕府最後の将軍・慶喜(よしのぶ)の養子で、組織委会長を務めていた。

 手紙は1937(昭和12)年6月28日付。家達の名で、東京の猪熊宅に送られた。「東京大会ポスター及マーク審査に関し来る七月五日午後四時より(中略)審査会相催し度(たく)」とつづり、審査会への出席を求めている。