! 三十年以上、陸上競技に関わってきた。選手時代は大きな記録を残せず、「コンプレックスを持ったまま引退した」と振り返る。しかし今夏、東京五輪・パラリンピックに審判として赴くことになった。

 鳥取市で生まれ、中学時代に陸上を始めた。中長距離が専門で全国大会に出場。駅伝の強豪・県立由良育英高(現・鳥取中央育英)に進学し、全国高校駅伝競争大会「都大路」を目指した。

 しかし、県外出身者を含め100人を超えるほどの部員の中で、上位に入るのは難しかった。ケガも重なり、いくら走り込んでも記録が伸びない。「最後は、練習をこなすことが目的のようになってしまった」。3年時、同校が準優勝した都大路は、補欠としてメンバーに付き添った。