!■香取慎吾とゆくパラロード

 朝日新聞パラリンピック・スペシャルナビゲーターの香取慎吾さんがさまざまなパラ競技に挑戦する「慎吾とゆくパラロード」。13回目はパラ水泳です。目の見えない選手には心強い相棒がいます。ターンやゴールのタイミングを、プールサイドから棒でたたいて知らせてくれる「タッパー」です。香取さんは、パラ水泳の富田宇宙選手(30)の「目」になってみました。

 目の見えない富田選手がクロールでゴールに迫る。だが、ゴールが分からない。富田選手の「目」になるのが香取さんの役目だ。

 ゴールを知らせるため、プールサイドで釣りざおを改良した長さ約2・5メートルの棒を握った。そして、タイミングを計る。心の中でつぶやいた。

 《今だ!》

 頭をポンとたたいた。

 《んっ、重い。》

 頭と棒の間に水が入り、抵抗を受けた。たたく力が弱まってしまったので、伝わっていない可能性がある。そのまま突っ込めば富田選手は壁に衝突する。

 《水の厚みは想像以上だった。やばい。とにかくたたいて知らせないと。》

 普段はたたくことのない肩を、香取さんはたたいた。「緊急コール」に富田選手はスピードを緩めた。

 香取さんの役目はタッパーと呼ばれ、目の見えない選手が泳ぐには欠かせない存在だ。富田選手は言う。

 《僕らは見えないので、棒でターンなどのタイミングを教えてもらいます。タッピングが記録を左右することもあるんです。》

 富田選手のタッパーを務める1人が日本身体障がい者水泳連盟の上垣匠コーチだ。こつを教えてくれた。

 《水の抵抗があるのでたたくときはガツンと。大事なのは距離。練習から同じ距離でたたいておかないと壁の位置を把握できません。クロールは息継ぎもあるので上と斜め、両方のたたき方を使い分けます。》

 香取さんは上垣コーチに持ち方やたたき方を教わり、難度の高いバタフライのゴールにも挑戦した。

 バタフライにもストロークが合う場合と合わない場合の2パターンのたたき方があると富田選手は言う。

 《通常は頭が水面から上がった時にたたきますが、水中でたたかれた時は「ゴールから遠い」の合図。そこでもうひとキックを入れて、壁に近づきます。》

 不安そうな香取さんを察して富田選手は言葉をかけた。

 《最初は不安だと思いますが、とにかくたたけるところでたたいて下さい。》

 富田選手が水しぶきを上げながらゴールに迫ってきた。香取さんは富田選手の頭を強くたたいた。無事にゴールに迎え入れ、安堵(あんど)の表情だ。

■お互いの信頼関係が重要

 《緊張感が半端ない。タッピングがこんなに重要だとは思ってもいなかった。お互いの信頼関係がなければうまくいかないね。》

 富田選手は高校2年の時に病気で視力が低下し始めた。大学で取り組んできた競技ダンスが続けられなくなり、23歳の時にパラ水泳を始めた。

 《何となく毎日を過ごすより何かに挑戦したくて。》

 富田選手は昨季、男子400メートル自由形で世界ランク2位。視力低下が進んで障害が最も重い全盲クラスに変わり、東京大会ではメダル候補だ。香取さんは複雑な表情を浮かべた。

 《期待を背負うけど、普段の生活ではできないことが増えていくよね。ジレンマがあるんじゃない。》

 富田選手が答えた。

 《元々はパラリンピックに出られるかどうかの選手だったので、競技面ではプラス。一方で、生活は苦しい。でも水泳は成長を実感できる。だから打ち込める。光り続けられると思うから頑張れる。みんな輝ける方法があるんです。》

 香取さんはうなずいた。

 《メダルをとったらそれは最高の喜び。ただ、選手の輝きには消えていく光もあるんだということを知った。富田さんは見えなくても光り輝く。本番が楽しみ。会いに行きます。》

 富田選手は笑顔だ。

 《タッピングをしてもらえるとうれしいな。》

 香取さんは苦笑いした。

 《ええっ、僕は客席から見ています。「今のタップはタイミングが早い、遅い」って言いながら。》(榊原一生)

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■プロフィール

 富田宇宙(とみた・うちゅう) 1989年、熊本県生まれ。3歳で水泳を始め、高校2年の時に網膜色素変性症を発症。23歳だった2012年にパラ水泳を始め、昨年のパラ水泳世界選手権男子100メートルバタフライ(S11)、同400メートル自由形(S11)で銀メダル。競技(社交)ダンスも得意。EYジャパン/日体大大学院所属