元アストロズの青木宣親外野手と若きヤクルトスワローズたちの、ロサンゼルス郊外自主トレーニングの様子を書き終えたばかりのアメリカ合衆国の1月13日月曜日の午後、衝撃的な――しかし、想定内の――ニュースが飛び込んできた。

 2017年から2019年にかけての「サイン盗み」疑惑でメジャーリーグ機構から調査を受けていたアストロズに、500万ドル(5億円以上)の罰金および、ジェフ・ルーノウGMとA.J.ヒンチ監督の2020年シーズンの職務停止(無給)、今年と来年のドラフト1巡目と2巡目の指名権はく奪などの処罰が科された。

 この処分を受けて、アストロズのジム・クレイン代表はルーノウGMとヒンチ監督の解任を発表した。

間違った方法で技術を使うことは簡単。

 アストロズはワールドシリーズに初優勝した2017年、相手チームの捕手のサインを盗むためのカメラを外野席に設置し、ダッグアウト内のゴミ箱を叩いたり、口笛を吹くなどして変化球の時に「次の球種」を打者に伝達したり、チーム幹部が携帯タブレットなどの電子機器によるサイン盗みを徹底するメールをスカウト陣に送っていたと伝えられていた。

「テクノロジーの発達によって、球の回転軸や回転数、打球が長打になる最適な速度や飛び出し角度などを野球の技術向上に役立てるチームが普通になった今、間違った方法でテクノロジーを使用することは簡単だし、これから先の未来にはもっと凄いことが出来るようになるかも知れない」

 FOX局の解説者にして優れた取材記者でもあるトム・ベルドゥーチは、MLBネットワークの番組でそう言った。

 MLB機構は「サイン盗み」が行われる可能性を事前に察知していたのか、すでに想定していたかのように、急速に現場で導入される「テクノロジーの悪用」に関して、先手を打ってきた。

2014年には対策が始まっていた。

2014年 ビデオ判定の導入に伴い、全球場に無人のビデオ・リプレー・ルームを設置。

2017年 MLB機構が電子機器をサイン盗みに使うことの禁止を正式に決定。

2017年 9月、レッドソックスが時計型携帯端末の「アップル・ウォッチ」を試合中に使用したこと、ヤンキースが電話を不適切に使用したことに罰金処分。

2018年 MLB機構は全球団の社長、GM、GM補佐に対して、電子機器を「決してサイン盗みを目的に試合中に使用してはならない」と通達。

2018年 8月、アスレチックスがMLB機構に対し、アストロズの地元ヒューストンでのシリーズにおいて、拍手(で合図すること)に対する調査を要望。

2018年 「サイン盗み」を防ぐため、ポストシーズンで有人のビデオ・リプレー・ルームが初めて導入。

2018年 アメリカンリーグ優勝決定シリーズのレッドソックス対アストロズの際、レッドソックスの地元ボストンのフェンウェイパークにおいて、アストロズの職員がカメラ・エリアから退場になる。

2019年 開幕前、MLB機構は有人のビデオ・リプレー・ルームの継続使用と「サイン盗み」防止のためのルールを強化。

2019年 田中将大投手が先発したアメリカンリーグ優勝決定シリーズ第1戦において、ヤンキースがMLB機構に対し、アストロズの口笛による合図に対する調査を要望(ただし、田中投手が6回1安打と好投するなどして、7-0でヤンキースが勝っている)。

2019年 11月、マイク・ファイアーズ投手(現アスレチックス)ら2017年にアストロズに所属していた4選手が、米スポーツメディア「ジ・アスレチック」に2017年のアストロズ「サイン盗み」を告白。

2020年 1月、MLB機構の調査の結果、処分が決定。

2017年に起きた劇的な変化。

 アストロズの「サイン盗み」は、2017年のポストシーズンで8勝1敗、1試合あたり5.7得点に対し、ロードで3勝6敗、1試合あたり3.0得点だったことが証だとされたが、シーズン中の劇的な変化も見逃せない。

2017年    前半   後半
チーム打率  .249   .252
同長打率   .396   .415

 同年のストライクゾーン外の球を打者がバットを振る確率。

2017年    前半   後半
       30.2%  26.9%

監督やコーチの携帯を回収して徹底調査。

 MLB機構はヒンチ監督や当時のアレックス・コーラ・ベンチコーチ(現レッドソックス監督)の携帯電話を回収して徹底調査し、当時選手だったカルロス・ベルトラン(現メッツ監督)らや選手たちにも聞き取り調査を行った。

 その結果、多くの事実が明らかになった。

 2017年の開幕直後にアストロズ職員が試合の中継画面を用いて「サイン解読」に着手し、ダッグアウトに伝えていたこと。

 コーラ・ベンチコーチがテキスト・メッセージでそのやり取りをしたこと。

 同コーチが後にモニターをダッグアウトのすぐ裏に設置し、件の「ゴミ箱叩き」に関係したこと。

 シーズンが始まって2カ月を過ぎた頃、ベルトランがほかの選手とコミュニケーション法について話し合ったこと。

 この調査から、アストロズの「サイン盗み」が結論付けられた。

成績や勝利のどこまでがCheatだったのか。

 アメリカではスピット(唾液を付けた)ボールやボールに傷をつけること、あるいは粘着性の高い松脂や塗り薬、コルク入りバットやパフォーマンス向上薬品(PED)など、ルールで禁止されていることをして相手選手より優位に立とうとすることを「Cheat」と呼ぶが、アストロズの「サイン盗み」は「テクノロジーによるCheat」であると同時に「個人ではなく、組織一体となってのCheat」だった。

 残念なのは、才能集団であるアストロズが成し遂げた過去3年間の成功(ア・リーグ西地区3連覇でワールドシリーズに2度出場し、初優勝も成し遂げた)が、もはや「サイン盗み」を抜きには語れなくなってしまったことだ。

 ホセ・アルトゥーベとカルロス・コレアの二遊間コンビやジョージ・スプリンガー外野手ら、真に実力ある才能集団だと誰もが認めるチームが「Cheat」に関連付けられることは悲劇であり、当時ドジャースのダルビッシュ有投手がワールドシリーズ最終戦で打ち込まれたことなどもすべて、「サイン盗み」だったのか? と永遠に思われることになる。

MLBの歴史に大きな汚点が残った。

 これはMLBの歴史に、とても大きな汚点が残る不祥事である。

 ルーノウGMの1年間の職務停止処分を「軽い」と思うかも知れないが、球団幹部がそういう処分を受けることは極めて稀だ。

 外国人選手との契約の際に当該選手やその代理人に不正に金銭を渡していたジョン・コッポレラ元ブレーブスGMや、アストロズのデータベースに不正に侵入し、ドラフト対象の選手のリストやトレードに関する情報を引き出し有罪判決を受けたカージナルスの元職員クリス・コレア氏が「永久追放」になったことに次ぐ重いものだった。

 ヒンチ監督の1年間の職務停止処分も、監督への処分としては、野球賭博に関連して「永久追放」になったピート・ローズ元レッズ監督に次ぐ重いものだった。

 ルーノウGMのことはよく知らないが、ヒンチ監督がとても品のある人だと現場取材を通じて知っているだけに、こうなったのは本当に、本当に残念だ。

追記:レッドソックスは14日、MLBの処分が下される前に「サイン盗み」の中心人物と見られているコーラ監督の退任(更迭?)を発表した。

(「メジャーリーグPRESS」ナガオ勝司 = 文)