日本初のプロ卓球選手で、1992年のバルセロナから4大会連続で五輪出場を果たした松下浩二は52歳のいま、発足2季目の国内リーグ「Tリーグ」チェアマンとして忙しい日々を送っている。競技生活を振り返り、原点として思い浮かべるのは、母校の桜丘高=愛知県豊橋市=の練習場だ。

 5歳違いの兄が自宅近くの桜丘高へ進学したのをきっかけに、小学生のうちから双子の弟・雄二と一緒に練習場に顔を出すようになった。当時から、フットワークを生かして相手の球を拾い続ける守備型のカットマンスタイル。練習相手の高校生にも打ち負けない。小学生のときから全国レベルの選手として活躍した。

 大学を卒業して母校の教員になった山本竜哉(61)が卓球部を指導するようになった時、松下は中学生。県外の強豪校からの誘いを断り、桜丘高に入学すると、掃除などの雑務をしっかりこなした。「長年ここで練習してきて他校に行くのはどうか、という気持ちだったのだろう。練習でも礼儀正しく、1年生部員らしい態度にがらりと変わった」と山本は振り返る。