昨年12月の甲子園ボウルを制し、30回目の学生日本一になった関学大アメリカンフットボール部の鳥内秀晃監督(61)が8日、兵庫県西宮市内の校内で退任会見に臨んだ。

92年度に監督に就任し28年間、甲子園ボウル優勝12回、通算197勝38敗3分けの輝かしい実績を残しての勇退。今後については「休憩中。何も考えてへん」と白紙とした。

-心境は

鳥内監督(以下鳥) 正直ホッとしている。例年なら個人面談を始めている時期。毎日、やることがいっぱいあるんでね。

-28年間を振り返り

鳥 忙しかった。(シーズンが)終わった瞬間に来季のことを考えないかん。休む暇がなかった。

-学生アメフトの環境の変化にどう対応してきたか

鳥 変化というより86年に(米国から)帰ってきた時は自分で考えてやる選手が少なかった。監督になってから(自主性の)方針に変えていった。自分で考える力は人間教育で大事。

-悔いは

鳥 負けた試合はすべて悔いが残る。特に4年間(甲子園ボウルに)出られなかった時(02~05年度)。

-つらかったことは

鳥 03年に平群(雷太さん、夏合宿中に急死)を亡くした時ですね。大事な子どもを預かっている。それから安全第一に(練習内容を)ガラガラ変えた。選手によって個人差がある。やると危ないなら、やらない方がいいと。

-辞任のタイミングは

鳥 ファイターズはこれからも5年、10年、永遠に引っ張っていってほしい。自分がこのままやっていても年齢を重ねるだけ。長すぎた思いはある。若い世代に引き継いでいかないと。(その下地が)育ってきたんとちゃうかな。

-貫いた信念は

鳥 何でしょうね。間違ったことは絶対に受け入れない。それだけ。

-理想の人物像

鳥 ない。ただ、言ったことには責任を持ってほしい。自分も学生に言ったからには曲げられなかった。勝てなかった時期に個人面談を始めたのも、時間はかかるが、1対1で約束を作った方がええということ。

-学生に伝えることは

鳥 子どもたちはやりたいことをやるべき。強制的にやらすべきではない。何をやりたい? どうなりたい? と聞いてあげること。体は大きくても中身は子ども。男の子から男にならなあかんと。自分の道は自分で切り開かないとあかん。

-監督の魅力は

鳥 準備段階で5割決まる。その段階は学生と一緒に作る。(準備が)うまくいった場合はいいし、いかなかったらどうするか。(控え選手含め)全員が参加できるし、自然にコミュニケーション力もついてくる。

-自主性とは

鳥 意見を言ってもはね返されるじゃおもしろくないでしょ。1回やってみい、と。納得させることが必要。まあ僕がサボってるだけ。「おまえら勝手にやっとけ作戦」です。

-ファイターズとは

鳥 78年に(関学大に)入学して40年以上。人生の3分の2やから、自分の人生みたいなもの。ここまで長くやる予定はなかった。

-今後は

鳥 休憩中。何も考えてない。試合は見に行く、それだけです。(再び現場は)これだけファイターズやってたんで他は考えられない。意見を求められたら言いますけど。

-新体制に求めるもの

鳥 学生の人間的な成長を手伝う。そこは失ってほしくない。

◆鳥内秀晃(とりうち・ひであき)1958年(昭33)11月26日、大阪市生まれ。摂津高ではサッカー部。FWで全国高校選手権にも出場。78年に関学大に入学し、アメフトへ。1年秋からDB、Kとして出場。大学卒業と同時に米国へコーチ留学。現在の南オレゴン大とUCLAで学んだ。帰国後、86年から母校のコーチ、92年に監督就任。甲子園ボウル優勝12回、02年にはライスボウルも制覇。16年には世界大学選手権で日本代表チームを率いた。通算197勝38敗3分け(プレーオフ含むリーグ戦は174勝25敗1分け)。父昭人さんも関学大アメフト部の監督だった。