2008年北京五輪でシンクロナイズド・スイミング(現アーティスティックスイミング)のチーム5位に入賞した松村亜矢子は、実は前回04年アテネで国内補欠になり、一度引退を決めたという経験がある。

 幼稚園で水泳教室に通い始め、小学校からシンクロを始めた。高校3年でジュニア日本代表になり、04年のアテネを目指した。中京大に進みクラブチームで競技に打ち込んだが、最後の挑戦だったアテネを逃し、辞めようと思った。

 その決意を翻したのは、指導者の言葉だ。「アテネ以降は技術力より芸術性が求められる。あなたの力を代表として生かして」。残っていた悔しさ、そして、強みの芸術性にかけようと思った。